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明日。7

 ―――――『明日』を知りたい そう思う日は



 目の前の彼の姿を疑って、
 何の言葉を交わさず、ただただ彼を見つめた。

 誰も知らない。
 私だけのためだけに、日本で最も人気がある人が、会いに来る何て、誰も思わない 。

 ただ私だけのためだけに、愛を囁く何て、誰も思わない。



 目の前の彼を見て、私は、逃げ出したい気持ちと、逃げ出したくない気持ちと葛藤
する前に、何かを考えることも出来ないで、ただ立ってる。

 気が付けば、伊織くんが目と鼻の先にいて、頬に彼の右手が触れていた。

 久しぶりに触れる温もり。


 荒れていた心の波が、スーッと穏やかになっていくのがわかった。


「会いたかった・・・」


 涙を浮かべた伊織くんが呟いた。
 私はその言葉に、「うん・・・」とだけ呟いた。

 伊織くんに色々言いたかったけど、気持ちが動転しすぎて、頷くことしか出来なか った。


 私はただ、左頬に添えられた彼の右手の温もりを感じて、目を閉じてさらにその優
しさに触れていた。

 何も言葉を発することができなくて、目を閉じてはまた彼を見て、再び目を閉じる 。
 彼を肌身に感じれば感じるほど、涙が溢れてくる。

 一度逃げ出したのに、私を追ってきた彼。
 一度逃げ出したのに、彼の元へ戻った私。

 親指で私の涙を拭ってくれる伊織くんを見ると、私は所かまわず彼に抱きついた。


「・・・・・・美羽さんがいないと、意味ないよ。」


 そう呟きながら、伊織くんは私の肩に頭を預けた。
 私はその声を聞きながら、彼の胸に顔をうずめた。



「あなたがいないと、歌えない。」



 その言葉を聞いた瞬間、私はさらに彼をきつく抱きしめて、・・・嬉しすぎて、嗚咽を
漏らした。

 私は彼の歌の一部だった。
 今まで、私は彼の歌には必要ないと思っていた。
 私の存在は彼の世界には邪魔なのだと思っていた。

 それくらい、私と伊織くんの住む世界は違うと思っていたから。



 それからどれくらい時間が経ったんだろう。

 私がやっと泣き止むと、伊織くんは私を愛しむように見つめていて、ふわりと柔ら
かい笑みをくれた。
 私も彼を見て少し笑うと、それを見た彼は「あのね、」と話し始めた。

 でも、伊織くんは少し考えるように言葉を止めてしまった。


「・・・どうしたの??」

「いや、うん。何か、・・・久しぶりすぎて、緊張してきた。」
「え??」


 どういうことか、伊織くんは私から視線を外して、そっぽを向いていた。

 私がじっとその姿を見ていると、「あ゛ー。無理。ダメだ。」と理解できない言葉
を発して、私はさらに彼を見つめた。

「どうしたの?」

 同じ言葉で問いかけると、伊織くんは何かを決意したように、私をまっすぐ見て口
を開いた。

「・・・・・・あの、さ。あのね。」
「うん。」
「俺さ、」
「うん。」

「ここで、ピアノのリサイタルするんだ。」

「うん。・・・・・・え?」


 私は一瞬彼の言った言葉を疑って、聞き返すと彼はそのまま下を向いてしまって、
私の問いかけに答えてくれそうもない。

『ピアノ リサイタル』

 それを聴いた瞬間、いろんなことが頭の中を駆け巡り、近い記憶では弟の直輝が言
ってた、『同じ大学の連れ』がふと思い浮かびあがってきた。

 そういえば彼も弟と同じK大生だった。

 なぜ、私はそれを思いつかなかったんだろう??

 それに。
 もし、それが本当ならば、私は以前から彼とつながっていた。

 これは運命の導きなのだろうか。
 私は出会うべくして、彼に出会ったのだろうか。

 現に彼は今私の目の前にいる。


 私は両手を彼の両頬に当てて、視線を合わせるように顔を上げさせると、何も考え
ずに、背伸びをして、彼の唇に自分のそれを触れさせた。

 全然話の筋が通っていないのに、なぜか彼にキスをしたいと思った。

 唇を離すと、彼は当然、驚いた顔をしていて、私の顔をじっと見つめた。

 私は、その視線に合わせて、彼を見つめると、「弾けるよ。」と短く彼に言った。


 それ以外、何も言葉は要らないと思ったから。







update : 2008.06.29
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