―――――君を見つけ出したら、素直になりたい
「え・・・・姉貴・・・?」
「お前、アイツと付き合ってんのにとことん知らないんだな。」
そう、何も知らない。
ただわかるのは、美羽さんの存在だけだよ。
だって、俺にはそれだけで良かった。
彼女が俺の隣にいて、
彼女が俺の傍で笑っていて、
愛してくれていれば、それだけでよかった。
彼女の過去なんて俺は気にしない。
彼女と、思いを通じ合わせていられれば、単純にそれだけで良かったから。
「知らなくても良かった。嘘を付かれてても良かった。彼女がいれば良かったから、何も聞かなかった。」
「ある意味、ゆがんだ愛情だな。」
直輝は苦笑しながら俺の顔を見ると、視線を落として溜め息を付いた。
「アイツ、こっちに来てから泣いてばかりだった。」
そう、ポツリと話し出すと、遠くを見るようにそして何かを見るように、視線を上げた。
「俺には両親がいない。」
「・・・」
唐突に話し出した直輝の話に俺は黙って耳を傾けた。
唐突過ぎて、何を話しているのかも解らなかったのかも知れない。
けれど、何だか聞かなきゃいけない気もしていた。
「俺が、中学2年。あいつは高1。そのときに両親が死んだ。交通事故で。
俺たちは親戚中にたらいまわしにされた後、アイツが俺と一緒に暮らすって決意して、それから色々と教わった。」
過去を見る目。
その目は、時々見る美羽さんの目と似ていた。
彼女がこの目をするときは過去を見るとき。
とても痛くて、悲しい目。
「俺がこのフランスに入れるのも、あいつが教えてくれたお陰。俺が『K大行きてえ。』っつたら、あいつは二つ返事で了解してさ、自分はなりたかったものがあったはずなのにそれをきっぱり諦めて、短大進んで会社入って俺に大学進学をさせてくれた。・・・俺もあんまり負担かけさせたくなかったから、勉強頑張って、特待で入ったけど・・・・でも、」
俺には・・・と続ける声に力はなく、俺を見つめ返す視線もどこか悲しげに、
己の弱い部分を見せ付けていた。
「俺には美羽に返さなくちゃいけないものがたくさんある。」
その言葉に、俺は「何を??」とはあえて返さない。
こいつは姉と過ごしてきた年数分、姉に『母親』の影を抱いている。
大切にしたい大事な人。
その人を守らなくてはいけないと心から決めている。
簡単に言うと、こいつなりに姉に幸せになって欲しいと願っている。
「姉貴がが泣く姿なんかもう見たくない。」
「・・・・」
「まして、男の事でなくのなんか2度と見たくないと思ってた。美羽の元彼は最低ヤローで俺が気づいた時にはぼこぼこに殴ってやった。」
過去に美羽さんが受けた心の傷。
彼女は直輝の言う最低ヤローのお陰で男に拒絶の反応を見せる。
けど、初めて俺には拒絶の反応をしないと言う美羽さんの言葉にどこか嬉しさがあったことを今でも覚えている。
「俺が知ってるお前だからこそ、とは言わない。けど、あんなに姉貴が泣くほど好きだって言ってる姉貴見たことない。
仕事のこと諦めても、お前のこと諦め切れてない美羽を、俺は見捨てて置けないから・・・・・。
だから、お前に、・・・・」
直輝の続きの言葉は出る事はなかった。
その代わりに、俺に向けられた真剣なまなざしを、俺は答えたいと思う。
俺が諦めてなければ、大丈夫かもしれない。
彼女も諦めてなければ大丈夫かもしれない。
まだ、間に合うかもしれない。
ちょっとの可能性にかけてみてもいいですか??
「・・・・俺は何をすれば良い??・・・・もしかしたら、俺は直輝が思ってるより反対に、また美羽さんを泣かせてしまうかもしれない。」
「アイツが不幸になるんだったら、俺はアイツに合わせるなんて言わない。
幸せに出来るって言うんだったら、まだお前が諦めてないんだったら、俺はいいと思う。
不幸にして泣かせるのは許さない。・・・それを守ってくれたら、良い。」
どうして、掴みたい幸せは
簡単に手の中からすべり落ちていくのだろう??
どうして、君の笑顔を見たいのに
逆に傷つけてしまうことになるんだろう??
僕が見たい未来は君と共に歩む未来。
君が見たい未来は僕と共にあるものかな??
「会いたい。」
・・・・彼女に。まっすぐ、直輝に視線を向けて俺は心を決めて口にした。
「会って、まだ間に合うなら、・・・」
俺はあなたの隣にいる、と。最後の言葉はまだ口に出来ないけれど、直輝には十分に通じたらしい。
直輝は俺の顔を見てニヤリと口の端を持ち上げると、「おう。」と手を伸ばして俺の左肩に軽くパンチを入れた。
まだ、幼いかもしれない俺たちの愛の形もこれから大きくしていく明日になって欲しいと思う。
俺は、彼女に逢う。