――――聞こえたんだ 君が僕の名を呼ぶ声が
それは朝一番になった音。
Trrrr・・・・Trrrr・・・・
「ボンジュール」
フランスに来て、鳴らなかった電話が音を立てた。
たぶん電話の主はアイツ。
一声めにアイツは俺を怒るだろう。
『他人事のように電話に出るんじゃねーよ。』
どうせ、お前に電話かけるのは俺くらいなもんだからな。
決まりきったように、相手は俺をまずさげすむ。
いつもの決まったような、電話の初めの挨拶。
大学に入って初めて気の合う奴が出来て、その声を聞くのは約1年ぶりだっ
た。
「あぁ、直輝・・・久しぶり。」
『何、お前まだ寝てたのかよ??もう、昼過ぎだぜ??』
プライベートの侵害もあったもんじゃない関係の間柄。言いたいことはとこ
とん言うから、痛いもんじゃない。
「詞を・・・作ってたんだけど、浮かばなくてさ。・・・寝たのが3時なんだよ。」
『あぁ、そんなことメールで書いてたな。』
スランプとは、さぞかし苦しい事だろうよ。
苦笑いをしながら話す声も何となく懐かしくて、俺は寝ぼけた頭を徐々に起
こしていった。
「お前、まだ・・・エックス・アン・・・・・なんだっけ??ここに居るか??」
『プロバンスな。当たり前だろ、まだ俺の留学を終わらせるなよ。』
「俺も丁度着てるんだ。休暇で。」
『へぇ、歌手様はたいそうな休暇をなさっていますなぁ。俺の姉貴も丁度休暇
でこっちに来ててさ、部屋には呼べないんだけど、何なら俺様がフランスの観
光案内をしてやろうか??』
「・・・お前、姉貴いたのか??」
『ああ、二つ上のな。』
奴の話を聞きながら、俺は2つ年上と言うことで、頭の片隅で美羽さんの顔
を思い出していた。
彼女は今どうしているだろうか。
確かにこの土地にいることは確かだ。
直輝に町を案内して貰って、大体の地理をつかめたら早速彼女を探そう。
『おい、聞いてんのかよ??』
「あぁ、ゴメン。」
『今日は課題作品仕上げないといけねぇから時間がねぇんだけど、明日なら町
を案内できる。だから、明日のこの時間に、中央通りにある噴水で座ってろ。
』
「・・・・なんか、お前が俺に対して優しいのがキモイ・・・・。」
『案内しなくてもいいんだぞ。俺は自由にいつもの生活をするからな。』
「・・・・・・・否定してねぇだろ。」
直輝は時間を決めると、すぐに挨拶をして電話を切った。
明日、きちんと行動に移す。
俺は、脳裏を過ぎ去っていく美羽さんの顔をもう一度思い浮かべた。
絶対に捕まえるんだ。
もし二人の運命が交差しているのならば、もう一度必ず会える。
君が俺の名前を呼ぶ声を聞いた気がしたから。
だから、・・・・
直輝との約束の時間まで少し時間があることに気がついた俺は、少しの間周
辺を見回ることにした。
文化遺産に富む水と芸術の町エックス・アン・プロヴァンス。
17世紀、18世紀当時の町並みが保存された美しい町だ。
古くはケルト人の町、その後はローマ人の町、そしてプロヴァンス伯爵領の
首都として栄えてきたエックス・アン・プロヴァンスの中心地は1995年にユネ
スコ世界遺産に指定されている。
マルセイユからは少しばかり離れている距離にあるため、海からの潮風の影
響は少ない。
けれども、さすがの水の都と言うべきか、町の中には至るところに噴水が設
けてあった。
すべての古き趣が何となく、心地がいいと思う。
丁度時間になって、約束の場所へいくと眉間に皺を寄せて待っていた。
「よう、久しぶりだな。」
俺を見つけた直輝が発した第一声だ。
「久しぶり。元気そうじゃん。」
「元気も何も、それだがとりえなんだからな。お前のほうは、・・・・何かやつれ
てんな。」
直輝が苦笑いして俺の顔見ていった言葉が、何より今の俺の状態を示しいた
かもしれない。
詞を作れない自分、曲を作れない自分。
こんなに何も出来なくなってしまうなんて、信じられなかった。
「あぁ、相当、参ってるよ。」
「完璧主義のお前がねぇ。まぁ、良い。詳しい話はこの近くの店に入って聞い
てやる。付いて来いよ。」
直輝に言われて、大人しくついていくと、中央通から大きく外れた路地に入
ってきた。
すると、こじんまりとした小さなお店に行き当たり、直輝は行きなれたよう
にその店に入っていった。
白の壁外装に囲われたゴシック調の建物が雰囲気を感じた。
「ここのお店、よく暇なときにくるんだ。ママンの料理が最高でさ。」
あまり愛想がいいというわけではない、直輝が嬉しそうな顔をして話す様子
を伺うに、相当気に入っていると俺は感じていた。
店に入ってすぐに直輝は流暢なフランス語を使って、笑い話をしていた。
俺はわけも分からず、店の店主に挨拶をしそのまま店の奥のほうの席に案内
された。
おそらく直輝が何かをいったに違いない。案内されたあとに分かるフランス
語で、「気兼ねなく喋っていいわよ。」って言われたから・・・・。
「んで??お前どうしたんだよ。」
「唐突かよ。もう少し気を使って聞き出せよな。」
俺は席に座りながら言うと、直輝は「そんなの構ってたらキリがないぜ。」
と俺に向かってぼやきながら、突っ込んできた。
「まぁ、大部分を省略して言うと、・・・・・すれ違い??」
「疑問系で俺に聞くなよ。」
「でも、原因は俺のせいだからな。」
「自覚はしてるんだ。で、何したんだよ、お前。」
「4ヶ月、連絡できなかった。日本に帰ってきてみれば、彼女は行方不明。手
がかりは、彼女は仕事の関係でこの土地に来ていると言うころと聞いた、のみ
。」
「・・・・・・なんで、4ヶ月も連絡しなかったんだよ??」
「俺が、・・・甘かったかもしれない。ずっと、隣にいてくれるんだって、決め
付けてた。」
そう、何もかも俺の決め付けから始まった。
美羽さんは俺の隣にいてくれる。何があっても傍にいてくれる。
この仕事を続けてもいいはず。
時々連絡しなくてもいいはず。
すべてが俺の甘さ。わがまま。
結果、彼女を傷つける嵌めになった。これは当然の報いだから。
「・・・でもさ、逆から考えてみると、何で彼女はお前に連絡しなかったわけ??
連絡しようと思えば、出来たわけだろう??」
「仕事を請ける前に、言ったんだ。あまり連絡は出来ないかもしれないって。
だからしなかったんだと思う。信じてくれていたんだと思う。売名行為のスキ
ャンダル騒ぎがどうしても手が打てなくて。」
「売名行為のスキャンダル??」
「つけ回されたんだ。名前を売りたい奴が、『俺』に近づいてきて。彼女のこ
ともあったから、否定できなくて、それを逆手に取った相手がさらに売り込ん
で。」
「そのスキャンダルを信じたわけだ。・・・んで、泣いてここに逃げたわけ。」
「彼女を悪く言うなっ!!」
直輝の言う言葉に俺は美羽さんへの侮辱と捕らえてしまう。
しかし、直輝はなおも怒ったように俺に向かって訴えた。
「いや、アホだろっ!!んで、こっちに来て頭冷やして、やっと自分のやった行
為について後悔してんだ。『どうして逃げたんだろう??』『どうして最後まで
信じることが出来なかったんだろう??』ってピーピー、ピーピー、泣きじゃく
りやがって、・・・後悔しても遅いっつんだよ!!」
熱くなった直輝の言葉に、俺はふと疑問に思いながら、話を聞いていた。
「・・・・直輝、誰のこと言ってんだ??」
「お前、まだアイツ想ってんだよな??だから追いかけてきたんだろ??」
「あ、アイツ??」
直輝はすごい形相をして、俺のほうに顔を向けると、まっすぐした視線で俺
の目を通してきた。
俺は意味も分からず言葉を返すと、直輝は少し呼吸をして言葉にした。
「美羽だよ。・・・・お前、日本でアイツと付き合ってたんだよな。」
「美羽、・・・なんで・・・・。」
「アイツ、俺の姉貴だから・・・・。」
運命を司るものがいるのなら、
これは俺のと彼女の運命が
交差していると言う証ですか??