――――――過去など振り返らず
私が、対人恐怖症になったきっかけは、元彼の暴力だった。
でも、元彼が急に私に暴力を振るってきたわけでは無かった。
ほんの少しずつ、ほんの少しずつが積もりに積もって、結果的には暴力を振るっていたということ。
出会った頃は、本当に優しくて私にだけ見せてくれる表情が、特別だと気づいたときにはもう彼を好きになっていた。
そして、彼から告白をされて付き合うことになって、最初だけ大切にされた。
・・・・・最初だけ。
私は早くに両親をなくして、今は弟と二人だけの家族だった。
本音を言うと、今すぐにでも就職をしたかったけど、どちらとも私も弟も大学に行けるくらいのお金を残してくれていたから、もう少し勉強しようと決めたし、そして後々のことを考えて、大学4年間よりも、短大を選んだ。
短大の特待受験だったから、みんなよりも早い時期に受験を終わらせて、良い結果も届いて一安心をしていた。
元彼と付き合ったのは高校3年の秋だった。
元彼も、専門学校だったから、願書を出せば合格がもらえるようなところに受かって、後は国公立私大受験の人たちが、一般、センター、1次受験のために忙しなく勉強していた。
私も一応短大には受かったけど、今までの勉強のレベルを落としたくなくて、今まで通り勉強は続けていた。
そんな時に告白をされて、ただ嬉しくてあの告白を安易に受けてしまったことを、私は今激しく後悔している。
高校を卒業して、生まれて初めてのデートをした。
私は、全然お子様だったから、その辺の知識はまったく無くって、どんな格好をすればいいのかとか、理恵子や八重に質問攻めをした。
けど、彼女二人は彼に対して良い印象を持っていなくって、ずっと「あいつといたら、美羽が傷つくだけだよ」と心配してくれた。
このときの私は、そんなことは気にしてなくて、むしろ傷つけられても良いと思っていたから、二人の話を無視していた。
だから、初めてのデートの後、体を強要されたとき、私は現実を思い知った。
綺麗な恋など現実には無いのだ、と。
それからだ。彼が少しずつ変化を見せ始めたのは。
まるで独占欲の塊みたいに、休みの日は必ず私を呼んで、強引にキスをしては私を押し倒そうとした。
でも、私の体は彼が触れるたびに嫌悪感と拒絶を見せて、何とか逃げ出すというパターンを繰り返した。
それが5,6回続くと彼は怒り出して、それからの私の行動を制限したり、私の頬を平手で叩くようになった。
“いい加減にしろよ。そんなに俺に抱かれるのが嫌なのかよ。”
嫌よ、気持ち悪い。
何度か目で訴えて、「反抗するな、俺に逆らうな」と頭を殴られた。
「・・別れ、ましょう」
彼が最後に私のお腹を蹴ったあと、私は痛さに耐えながら訴えた。
私はあなたなんか愛していない。
私をこれ以上傷つけないで。
「あぁ、別れてやるよ。誰がいつまでも抱けもしない女と付き合うかっての。」
今までの流れとは裏腹に、元彼との別れはとても簡単だった。
なぜ、私は彼を好きに慣れたのだろう?
そう疑問に思って仕様が無かった。
でも、私の体にはしっかりと変化が起きていた。
短大を卒業して、会社に入社し、気づいたこと。
人と上手く会話することができない。
それに気がついたときには、精神が不安定になり、自分の思いを伝えられず、毎日が上手く回らない。
短大卒業以来、あまり顔を合わせていなかった八重に久しぶりに会って、私はすべてを吐き出した。
このとき初めて弱音を吐いた。
それから、八重は私に自分の知り合いの病院を教えてくれ、とても良い女医さんに出会った。その病院はとても小さいけれど、とても腕の良い医者だと評判だった。
私の担当の女医さんは鳴子さんという、40代後半のおばちゃん先生。
母のような存在だった。
本当は内科の先生なんだけど、“女の悩みは、女の私が聞くの”と微笑んで言った。
私はそれから、彼女からの癒しを受けて治療していった。
今となっては、ちょっとした悩みがあるときに行くだけになった。
そして今。
私は芳我伊織という存在を手に入れた。
彼は、元彼とは違って私から手を伸ばして言った存在。
“大勢の中からたった一人を手に入れること。”
これが恋なのだと、鳴子さんは言った。
一緒の時間を過ごしたいと思った瞬間、そこに愛が生まれるのだ、と。
声に出して「愛してる」の言葉は簡単に言えるけど、まだ私は愛そのものが何であるかを知らない。
彼がよく自分の詞に書く。
“大声で 愛してると叫べたら・・・”と。
私もあなたの名前を大声で叫べたらいいのに。
そうしたら、もっと一緒の時間を過ごせるのに・・・・。