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愛唄。4

―――――― 光差すほうへ 僕らを導いて




 人は毎日新しい自分になる。

 私はその一歩を踏み出せているのかな??




「田原さん、カメラ割とかどうなってます??社長に話さずに来ちゃったんで。」

「あぁ、それは大丈夫だよ。社長に話を通して、芳我君のほうに連絡をしたから。カメラ割も少しいじらせ
て貰ったし。」


 Lenのマネージャーの田原さんは、伊織くんに向かって言うと、伊織くんは少し田原さんを見つめて
は、含みを加えながら、了承の頷きをして見せた。

 それから伊織くんは、スタジオに入ってピアノの前へ行き、一通り曲を流して見せた。

 すると、その流れる音の数々に耳を傾けていたスタッフ、リハ打ち合わせをしていた関係者が、一気に
ある一点向かって注目し始めた。


「おい、あのピアノマン誰か知ってる奴か??」

「いえ、Lenが連絡して急に入った人ですが。」

「あいつ、良い腕してるじゃないか。」

「ですよねぇ。何かと、LenとかIORの曲って難しそうですからね。」

「実際、Lenの曲もIORが作ってんのさ。だから、あそこまで弾きこなされると、IORがどんな奴
なのか、疑いたくなるね。IORが表に出てきたときの、リハーサルを想像するだけでも、鳥肌が立つ。





 生の現場の言葉。

 どれだけ、伊織くんはすごいんだろう・・・。私は、その話に耳を傾けながら、彼のピアノを弾く姿をずっ
と眺めていた。


 たとえ君が夢の中に浸っていても
 それは君が君であるためならば

 僕はそれを受け入れよう

 たとえ君が眠り姫であるとしても
 僕は君が目覚めるまで待っていよう

 幾日幾千までも



 伊織くんのピアノに合わさる、Lenの歌声。どこまでもすごいコラボで、私と田原さんのみが知るこ
の感動に、私は1人目を潤ませながらその光景を見ていた。

 “貴方はこの状況に満足しているの??”

 いつか、伊織くんに聞きたくなったことがある。

 普通の会社員の私。歌手であり、プロデューサーでもある彼。
 まったく違う次元に存在する私たちの、とても危うい関係に、私は1人悩んだ時期もあった。

 “君が君であるためならば 僕はそれを受け入れよう”

 それは、何を思って書いた曲なのかな??
 どうして分かっていたのかな??
 どこまで、貴方は私より大人なのかな??

 そこまで考えると、たちまち零れた涙は拭いきることが出来なくて、持っていたハンカチをびしょびし
ょにさせた。


 リハから帰ってきた伊織くんは、その場にいたスタッフの人たちに激励の言葉をかけられるけど、それ
をさり気に交わしながら、私のところへすぐに帰ってきた。

 伊織くんが帰ってくる姿が見えると、私はすぐに涙でぬれた目元を急いで拭った。

 でも、それは伊織くんに見えていたらしくて、走ってきては私の腕をつかんで、すぐにスタジオを抜け
出した。


「大丈夫??」

「うん、大丈夫だよ??」


 覗きこんできた彼の顔がすごく険しく、整った顔に浮かんでいた。

 どうして、こんなに険しくなっているのかを私は知らないけれど、きっと、私が泣き出したからだと思
った。


「ゴメンね、泣いちゃって。」

「それは全然、いいよ。まさか、あれで泣くとは思ってなくて・・・。ちょっと焦っただけだから。」


 そういうと、伊織くんは私を両腕に抱いて、引き寄せた。

 私の頭に彼の頬がくっつくと、私はその彼の重さを感じ、そして自分の頬を彼の胸にくっつけさせた。

 心地良い彼の体温と、鼓動。


 それはいつまでも私を癒し続けるから。







 本番撮影が行われるとき、伊織くんに言われて私はステージ袖で、彼の演奏姿を見守ることにした。

 やっぱり音楽をしている彼を見るのは、私の中では新鮮で、何よりも彼は本番中にもかかわらず、私の
顔を見ながら演奏をしていたくらいだった。

 どうして彼の中で、私の存在が大事にされるのだろう?

 その答えは、伊織くんしか知らない。

 彼の音楽も彼しか知らない。でも、私は一番近くで彼の音楽を聴いていたいと願う。



 たとえ、彼の今日の仕事が、世間に多大なる影響を及ぼしたとしても・・・・。









update : 2007.05.31
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