愛唄。11
―――――強い絆があるから
強い緊張が体中を駆け巡る。
今まで経験したことも無いような、視線。
俺は1人ステージに立ち、スタンドに掛けてあるマイクにゆっくりと手を伸ばした。
まだ正面は向かず、足場を確認するように俯いて、足元に落ちている自分の影をしば
らく見つめた。
白い光を放つ、スポットライトが熱く背中を照らす。
何回か深呼吸をして、自分の歌の歌いだしの部分を頭の中で繰り返す。
今日はCDに録音されている曲をアレンジして、出だしをアカペラから歌いだす。
スタッフからのGOサインが出され、俺はゆっくりと正面のカメラを・・・いや、カメラ
の向こう側にいる、愛しい人を見つめた。
すっと一瞬息を吸い込むと、周りの観客たちが、息を呑んだのが分かった。
美しい羽に包まれた君の背を
僕は抱きしめよう。
眩しい光が僕たちを
照らし出しているだろう?――――・・・
アカペラが終わると、打ち合わせどおり音楽が鳴り出す。
それと同時に俺の胸も高鳴りだす。
曲を作るときのような、ワクワクする気持ち、そして美羽さんのために歌っていると
言う嬉しさが、このときの俺を包んでいた。
本来の俺の仕事ならば、歌うことよりも奏でることを好んでいるのに、なぜか今日は
初めて出来のいい曲を作ったときのように、心の中を解放する感じがした。
そして、俺は自分の世界に入るのを一旦止めて、周りに目線を配るとスタッフ、そし
て一緒に出演しているゲスト、それから曲の準備をしていたLenが瞬きをせずに俺の方
を驚いたように凝視していた。
広い大空に響き渡る
君の優しい声・・・
歌が終わり後奏がゆっくりとエンディングに向かって行くと、俺は視線をカメラから
外し、顔を少し上に向けると無事、最後まで歌いきった気持ちになった。
『ありがとうございました。』
俺が一言挨拶をすると一瞬静まり返り、遅れて拍手が沸き起こった。
しかし、Lenの曲の前奏が一向に始まらず、俺はただステージに立ちすくして、向か
い側のステージにいる、Lenにサインを送った。
それに気がついたLenは、はっと我に返りバックバンドに合図を送り、やっと曲が始
まった。
Lenらしくない動作に俺は不思議に思いつつ、それから自分の席に戻っていった。
席に戻ってから、Lenの曲に聞き入ると、隣に座っている大手アイドル事務所のグル
ープから、「めっちゃ、感動しました!!」と言われ、俺は何のことか分からずに、ただ
素直に軽く“ありがとう”と返した。
流れている曲から、Lenらしくない歌声が聞こえてきて、俺は曲の間中あいつを見つ
めていた。
Lenの曲が終わって、ゲスト全員が席の前に立たされると、番組はついにエンディン
グを迎えた。俺の隣にLenが来て、俺は真っ先に「お前、今日調子悪いのか?」と聞い
た。
するとLenは、こう言った。
「お前の後にはこれ以降、絶対に歌わない。」
「・・・は?意味分かんねぇし。」
ゲストの前を一台のカメラが横にずっと、俺たちの方に向かってきて、俺の顔とLen
の顔が、確認用画面に大きく映し出された。
俺はそれに気づかなくて、Lenを訝しげに見て、司会者の「ではまた来週お会いいた
しましょう。」という声が聞こえて、やっと目の前のカメラに気がついた。
気づいたときには時すでに遅く、Lenに肩を組まれて画面に大映りしていた。
「まさかとは思ったけど、俺、お前の歌聴いてショックを受けたんだ。」
「・・・?」
「お前は・・・音楽を奏でるために、歌うために生まれたんだなって。」
「それなら、お前もだよ。俺が楽曲を提供してきたやつより断然上手いからな。」
「そう言ってもらえると嬉しいけどさ、お前に勝てないのは悔しいぜ。」
「そうかな?世間的評価だったら、俺はお前に負けるけどな。」
ごまかすなよ。そう言ってLenは俺の背中をふざけたように叩くと、目の前に1人の女
性が、現れて俺の前で立ち止まった。
「IORさん。」
「・・・通れないんですけど。」
俺はなんとなく、その女性が何を言いたいのかが検討ついて、眉を寄せてにらみつけ
た。
「今から、飲みに行きませんか?一緒に話しません?」
「遠慮します。では、失礼します。」
「イオ。」
俺は後ろから追いかけてくるLenに向かって、「ああ言うのには、付き合わない主義
だから」とスパッと答えた。
するとLenは笑いながら、
「お前は見かけによらず、強情だし、独占よく強いし、一途だし?」
「全部一緒の意味だろ。」
「おう、元を辿ればなv」
楽しそうに話をし、廊下の窓の向こうに移るビルライトを眺めながら、
ただ、美羽さんのことを考えていた。