――――――互いの想いは 言葉にせずとも物語っていた
『だって、信じられないんだもん!!』
強く彼に肩を掴まれて、私は目の前に居る彼に涙を浮べて叫んでいた。
なぜ、私がそう言ったのかのはわからない。
でも、寂しいという気持ちに嘘はなかった。
"それ"を自覚するのは、認めてしまう事は、本当に簡単だったのかもしれない。
けれど、私の中で"それ"を私は否定してしまうのだ。
「彼はどうせ私を置いて行ってしまう。」
それが私に一歩を踏み出させなかった。
「美羽さんは、俺の事信じられないから、・・・・事務所に電話しようって言ったの?」
本当にそれだけ?
傷ついた目で私を見つめてくる彼の目が、私を映してやりきれない表情で尋ねてきた。
私は黙ったまま、彼を見つめ返すと、何も言葉で表現する事ができなくて、すぐに俯くことし
かできなかった。
「本当は、どう思ってるの?美羽さんが心の中で思っていること、言って。」
優しく言う彼の声に私は再び顔を上げて、彼を見た。
心の中で思っていること。
それはたった一つ。
「・・・・好きよ。」
誰にも言ったことのない、ましてや元彼にも言ったことのない言葉が、糸も簡単に口から滑
り落ちた。
出会って二、三日そこらで涌き出てくる感情。
今までの私だったら、絶対にこんな事は口には出来なかったと思う。だけど、彼に伝えたい、
私が認めたくなかった気持ち。
私の言葉に、彼は目を見張って私を見返してきて、沈黙・・・・というより、阿然としていた。
「・・・あなたは、私に安心をくれる。伊織くんのその瞳が好き。だけど・・・・私は“あなた”を知らな
い。あなたも“私”を知らない。
だから、この気持ちを今ここで止めたいの。」
そう言って、私はバックからお札を二枚取り出して、彼の前に突き出した。
それから、私の携帯も取り出して、アドレス帳からある番号を見つけ出すと、彼の手に掴ませ
るようにそれを握らせた。
「伊織くんの会社の番号。今日会社で調べたの。伊織くんの特徴とか伝えたらすぐ応対してく
れて、すぐに"高原さん"に連絡してくださいって。マネージャーさんだって聞いた。」
「なんで、」
そんなことすんの?
私の携帯を掴んだまま、彼はじっとそれを見つめて呟いた。
私はただ黙って彼を見ていた。
「何で、だろうね。・・・・離れたくないのは本当なのに。」
「なのに?」
「明日も、今日も変わらない。結局、伊織くんは元の場所へ戻ってしまうから。・・・・私、矛盾し
てるよね。」
私が言葉を言い終わると同時に、彼は私をきつくきつく抱きしめた。
長い腕で私を包み込んで、まるで、自分の中に取り込むみたいに。
「どうして、出会ったのに、・・・・自分のものにできないんだろうね。」
私がポツリと彼の胸の中で言うと、彼は息が苦しくなるほどのキスを私に降らせた。
私たちはただ求め合って、一つになって、・・・・泣いた。
その涙の理由を知っていた。
「美羽が好きだ。」
彼と私が繋がって、私の意識が途切れる瞬間、彼の呟きに私は頷いて返事をした。
「・・・・・うん。」
朝起きて見れば、あれは夢現(ゆめうつつ)だったのか、はっきりしなかった。
隣にいたはずの彼の姿はどこにもなくて、あれが現実だったんだと思わせたのは、鏡に映
った私の肌にある"紅い斑"だった。
ソファーが置いてあるダイニングは、昨日あんなに紙の山で散らかっていたのに、今は跡形
もなく消えてしまっていて、それの前に置いてあるテーブルの上には、紙と一緒に私の携帯が
置かれていた。
ありがとう。
また、会いに来る。
シンプルに書かれた二行の文字が、私の胸に染み渡った。
一緒に置かれていた携帯はストラップもつけていない状態だったのに、それには不恰好な
紐に通された男性用の指輪がぶ
ら下がっていた。
私は瞬時に彼のものだと気がつくと涙が溢れた。
胸に抱いて、指輪の冷たさが彼の存在がもうなくなってしまった事を表していた。