触れて、唇を貪るように啄んで、舌を絡めるキスをした時間。
それだけで満足だった。
「なんかおかしいね。本当に。」
不思議な感じだった。たぶんそれは両方思っている。
まだ、会って数時間。これは本当になんて言うんだろう。俺はそれを表現できる術を持っていない。
俺は彼女に最大の隠し事をしている。
美羽さんが言う学校と言うのはたぶん大学の事。
だけど、俺は今大学には行っていない。正確に言えば休学中と言ってしまったらきっと引かれて、理由を聞かれるだろうけど、それが、「多忙のため」とは言えない。
『IOR』という、もう1つの顔がそうさせる。
街中に溢れた音楽があるなかで、携帯や車1日に何回も耳にする楽曲を手がける歌手兼プロデューサー。
俺は一応、歌手と言う部類には入るけれど、今時珍しく一度もテレビには出たことがない。
美羽さんと出会った駅ビルは有名な芸能事務所の近くで、丁度打ち合わせをした帰りの出来事だった。
俺ははっきり言ってTVは嫌いだ。もちろんの事、雑誌ネタにされるのがもっと嫌いだ。それをずっと社長や、マネージャーなどに言いつづけてきて、たくさんの出演依頼が来ているけれども、苦労をかけて断りつづけている。IORとして、出したCDはデビューしてから10枚を超える。その中の総売上は俺のプロデューサーとしての知名度とTVに出ないと言う話題性をつかんでから、1000万枚を余裕で超えるほど。
楽曲の打ち合わせで仕事相手からいつも言われるのは、決まって「男の方だったんですね」とか、「結構、若いんですね」とか、「TVに出たら売れる顔なのに」という声ばかり。これほどウザイのはない。
だから、TVにも雑誌にも興味を持たない美羽さんに心を開いたのかもしれない。
彼女の家に来て2日目。俺は決心した。
「美羽さん。」
「ん?」
俺が名前を呼ぶと彼女は呼んでいたハードカバーの本から視線を上げて、立っていた俺の方を見上げる。俺は心拍を速めながら、言葉の続きを出そうと必死に自分を落ちつかせながら、彼女を見つめた。
「1つ隠していた事が、あるんだ。」
「・・・・なぁに?」
言葉を伸ばしながら少し幼く、でも容姿に合った口調で尋ねてくる声がどことなく安心できた。
「俺さ、今学校に行ってないんだ。」
「・・・どう言う事?」
「えっと、つまり、・・・学校を休学して仕事してるってこと。曲作る人なんだ。」
「・・・・・え!?」
彼女はただただ驚くばかりだった。ただ呆然として俺を見つめて黙っていた。
「ど、・・・・どうしよう。私、なんか有名っぽい人連れてきちゃった?・・・え!?どうすればいいの!?」
彼女が混乱している事は見ているだけでわかった。
「じゃぁ、後1日ここに泊めてよ。最初に言った通り。」
俺が、彼女を見ながらいうと彼女は俺をじっと凝視して、パクパクと何かをいいたげにしていた。
「どうして?だって・・・・」
「俺、美羽さんと離れたくないんだけど。」
混乱する彼女の言葉に俺はただ、自分が思うとおりの言葉を告げて見た。すると彼女は、突然俺から視線をそらした。
「・・・っ、だって違うよ?普通出会わないんだよ!?それっ・・・」
視線を外した彼女の顔を、俺は左手でこっちに向かせてキスをした。
どこからか沸き起こってくる、彼女を自分のものにしたい欲望と、彼女を大事にしたい気持ちがそうさせていた。
手を手を絡め合って、体を引き寄せては強く強く抱きしめた。
彼女の目からはいつのまにか涙が溢れていた。
『どうして人は人を求め合うのだろう
どうして人は人に惹かれるのだろう
君が知ってる僕が真実だと叫びたかった
今という時間を刻みつける
未来を君と過ごす時間の誓い
繋いだ手と手を合わせて微笑む・・・・・
―――――作詞:IOR』
頭の中で、何となく、自分の書いた詩が頭に浮かんでは消えていった。