―――――ふと目にした瞬間 心が満たされた
その出会いは偶然だけど、何か必然を感じた。
その日は俺にとって本当にツイてない日だと思った。
急用で呼ばれて当初の予定が見事に乱れまくった。
挙句の果てに、携帯を部屋に忘れてきた事に気づき、移動手段が無くなったと思い待ちぼうけを食らった。
まぁ、逆に考えれば「こんな自由な日はそうそう無い。」と目立たないように、ビルの片隅に座りこみ騒がしい街を眺めていた。空を見上げて気づいたのは電車。
電車の移動手段を考えて俺は目的のものを探すために立ち上がった。
(財布・・・・)
そう思ってポケットを探るが、それらしい固さのものはポケットに入っていなかった。
「あ゛っ・・・・」
俺は携帯と財布を一緒においていたことを思い出して、力無く座りこんだ。
「最悪・・・」
ポツリ呟くとこの後自分がどうすべきなのかを、ぼんやりと風景を見ながら考え始めた。
考えているうちに色々浮かんでは消えていく。
まるで、『徒然草』の書き出しみたいだ、と自分で思っては自嘲した。
ナンパをしてお金を借りる。・・・・後がメンドイ。
逆ナンを待つ。さっきから誘われるけど、自分の好みがまったくいない。
そう思って辺りに視線を張り巡らせた時、何となく引きつけられて、目の前の女の人と目が合った。
ドクッ・・・
一瞬にして射抜かれた。そんな痛みが胸の奥で沸き起こった。
それから、とても印象に残ったのは捕らえて離さない、心を鷲掴みする瞳だった。
そして、気が付けば「買わない?」なんて、あたかも「あなたとヤリたいです」系なを持ち出してしまった事を、彼女と手を繋いで「温かさ」を知った俺は後でどれだけ後悔しただろうか。
(こんなことしたら、高原さんに怒られるし・・・つか、犯罪になるよな・・・)
と、心の中でいつもお世話になっている6歳上の兄貴的存在に謝った。
それを不思議そうな顔をした目の前の彼女が、持ち前の大きな目を整った顔に浮べている。俺の勘が正しければ年上っぽそうだけれど、何も考えなければ俺とタメかもしくはまだ高校生のようにも見える幼さを残していた。
腹をすかせた俺は彼女にご飯をご馳走される事になった。
帰り道に通った商店街は、普段の俺にはお目に掛かれないような下町風の雰囲気がまだ残っていて、庶民の台所ってところがすごく温かかった。
途中立ち寄った店で買い物をしながら辺りを見まわした。仕事にも使えそうな趣が何となく気に入った。
彼女は嬉しそうに品物を眺めながら選んでいるけれども、俺の空腹は限界に近かった。
「ミウちゃん、今日は彼氏連れかい?」
この商店街に来て何回も言われた台詞。
「ミウ」それが彼女の名前らしい。
彼女は何を思ってか、「彼氏」という部分には何も触れず、笑顔で受け答えを返すのみ。
たったそれだけなのに、俺は繋いだ手と彼女が何も否定しないことがなんとなく嬉しかったりもした。
とりあえず彼女の部屋に上がり、彼女は食事の準備をしてくれた。けれど、その様子は途中で少し様子が変わって沈黙が辺りを包んだ。
食事が終わって彼女のいれた紅茶を楽しんでいると、ある事に気が付いた。
手が不自然なほど震えていたから。
「触っていい?」
「え?」
触れた瞬間、俺は“それ”に気が付いた。
彼女の腕に残る小さい傷跡。大分薄れていたけれど、彼女の綺麗な肌に主張でもするように残っていた。
彼女はこの傷を忌まわしき過去だと言った。確かにそうかもしれない。
でも、傷はしっかりと今も残っていて、人に接する時に一種の恐怖を感じるらしい。
そんな彼女が儚くて、強くて、泣きそうで、何の理由も無く心が突き動かすように彼女を抱きしめた。
この気持ちが何なのかも解らず抱きしめたくなった。
俺は、彼女の存在・記憶に残りたいと思った。