「(君は、日本名が長谷川優希なんだってね。ドイツ名は確か・・・)」
「(ユウキ・J・ヴェルダッチ)」
「(J?)」
「(ジャンだよ。爺ちゃんの名前。ジャンって言っても、短くしただけだけど。)」
「(ふ〜ん。あ、高志の捜査資料はここ。)」
案内してくれたディケンズは資料を指すと、とりあえず近いものを手にとって優希に手渡した。
優希はそれを手に取ると、つらつらと並べられたドイツ語を読んではページを捲っていく。
「(この、ヴィゼーって人は?)」
「(ヴィゼー・・・)」
優希が資料のなかに何回も出てくる名前をさすと、それを覗きこんだディケンズは険しい顔をした。
そして勇気を見ては目頭を押さえて辛そうに首を振った。
「(本当に君は何も・・・おぼえていないんだね。)」
「(え?)」
「(ヴィゼー・ハインリッヒ。高志がずっと追いかけていた連続殺人犯だよ。懲役126年で服役中だ。)」
「(連続、殺人?)」
「(子供だけを狙って、殺人を繰り返したんだ。)」
「(・・・)」
「(君に話そう。高志の死でショックを受けたのは紫苑ちゃんだけではないんだろう?)」
「(ハイ。)」
そう呟いて、優希はディケンズを見上げると、何か懐かしそうに且つ寂しそうに、優希を見ていることが
わかった。
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ディケンズはゆっくりと息を吸って、話し始めた―――――・・・・
9年前、高志は連続殺人犯のヴィゼーの捜査に追いこみをかけていた。
もう少しで、ヴィゼーの行動に制限をかけて逮捕できるところまで来ていた。けれどもある日、事件は思
わぬ急展開を見せた。
窮地に陥ったヴィゼーはその日街に繰り出して、あるバスをハイジャックした。乗用人数わずか10人
ほどだったけれども、ヴィゼーは確実に高志を追い詰めた。
そのバスには高志の愛娘、紫苑と隣に住んでいる紫苑とその兄の誠也そして、幼馴染の優希の3人
が含まれていた。高志はその事実を知ってあせった。巻きこまなくてもいい人たちを巻き込んでしまった
事。それを一番に悔やんだ。
バスをハイジャックしたヴィゼーとの交渉は慎重に行われた。高志は知っていたんだ。
紫苑が優希を好きなこと。誠也が優希を弟のように思っていること。誰一人として死なせては行けない事。
私は高志の必死さを真横で見ていた。
どうにかしてやりたかった。
交渉が上手くいって、人質の解放を行おうとした時、それは起きた。
バスから下車する時に、紫苑ちゃんが高志に向かって『パパ』と叫んだ。それを聞いたディケンズは
最後に降りようとしていた紫苑を捕まえようとして、優希が紫苑に伸びた手に噛みついた。それにキレ
たヴィゼーは銃で優希を殴り、一発の弾を紫苑に向かって放ち、優希を乗せたままバスは出発した。
ヴィゼーは用意周到で警察がバスに乗り込んでこないように、窓ガラス、人質すべてに爆弾を仕掛
けて警察の手間を焼かせた。だから、そこでヴィゼーを捕まえる事はできずあいつからの連絡をまっ
て優希を助けるつもりだった。
高志は悔やんでいた。あの時君を助けられなかった事を。これは自分のミスだと嘆いていた。
高志はそれから、必死にヤツの足取りをたどってヤツの居場所を突き止めて、逮捕に向かった。誰
もが予想だにしなかった。
優希を助ける時に、不意をつかれて後ろから銃で撃たれた。肺に一発、大動脈すれすれに一発。銃
撃戦を繰り返し繰り貸し・・・・結末は高志の銃弾が両足と、両手に2発ずつヴィゼーの体を貫き、その
ままドイツ警察に差し押さえられて確保。
高志は、優希を助けだすと出血がひどくて意識不明になってしまった。
大手術が行われたけれど、体の中に入った小片が思うように取れなくて、高志は優希に何かを言い
残して帰らぬ人になった。
『優希、俺と約束しろ。紫苑を絶対一人にしないって。おまえが守るって。』
『高志さん。しっかりしてよ!!』
『ははっ。ワリーな、優希巻きこんじまって。・・・・』
『父さんっ!!』
『誠也、・・・優、希の所為、じゃねーから、な。伝えてくれ。―――――・・・・・・』
最後の残された言葉は、シンプルな愛の言葉だった。