『優希くんは、紫苑ちゃんが好きかい?』
―――――好きだよ。心から。
『君は人生をかけて彼女を守り通せるかい?』
―――――通してみせる。
『じゃぁ、君に渡すものがある。彼の代わりに・・・』
―――――何?聞こえないよ、○○。
『違う、違うよっ!!』
芹沢が俺を好きだと言ったとき、俺が言った事実を芹沢は苦しそうに否定して叫んだのが、昨日のように思い出された。
俺はあの後、泣きじゃくる芹沢を後ろにその場を逃げるようにして去った。
本当は、応えてあげたかった。
でも、俺は芹沢の隣にはいる事ができなかった。
紫苑、君は日本にはいなかったよ。君はキミとして凛としていた。
俺は結局約束を守れない、中途半端な人間だったんだ。
拳を握り締めて俺はまぶたを閉じた。今朝出てきた夢が、鮮明になって浮かび上がってきた。聞きなれた声だったけれど、あれは誰だったのか。
記憶が曖昧になって俺は息をついた。
「『人生をかけて守りきる。俺の代わりに』・・・・?」
その言葉は何となく小さい時に聞いた覚えがあった。
言ったのは誰だったかは忘れてしまった。
「高志さん?」
そう思ったけれども、俺の記憶の中にいる高志さんは、もうちょっと声が低かったと思う。
「(優希ぃ?起きてるのぉ?降りていらっしゃ〜い。)」
響きが懐かしい田舎訛りのドイツ語が耳に届いた。その声はフィアナさんだった。俺はその声に従うように、ベットから体を起こし、朝食を取るために階段を降りた。
「(おはよう、フィアナさん。)」
「(おはよう、良く眠れた?)」
「(あぁ、うん。まだ時差ぼけは少しあるけど、大丈夫。)」
「(そう、良かったわ。朝食はその辺のものを適当にとって食べて。今日は何をする予定なの?)」
フィアナさんの問いかけに、俺は欠伸を交えつつ答え、テーブルの上のパンを取って冷蔵庫の中身を覗いた。
そこから適当にチーズとササミとトマトなどをのせてオーブンに持っていくと、フィアナさんは忙しそうにしながらも、俺の方を向いて今日の予定を尋ねた。
「(今日は図書館へ行くつもり。過去の新聞とか閲覧できるかなと思って。)」
「(高志のことを本格的に調べるの?だったら、私が頼んで口利きしてあげても良いわよ。そしたら過去の調査資料だって閲覧できるわよ。)」
フィアナさんはケロッと言ってのけると、俺の顔を見て笑って見せた。
思っても見なかった事実に俺は少し驚きつつ、強力な味方がいたものだとフィアナさんを凝視した。
「(フィアナさん、いつの間にそんなつてまで広げたの?)」
「(ウフフ・・・私の年でもまだまだやっていけるってことよ。じゃぁ、さっそく連絡するわね。)」
そう言いながら、フィアナさんは楽しそうに電話のほうへ向かっていき、1分後には楽しそうな会話が聞き取れた。
朝食を食べ終わって俺は、フィアナさん直筆のメモを見ながら目的にへ向かった。正直、フィアナさん直筆のメモを信用する事は、過去の出来事を通してきて、あまりにも恐怖を感じるものではないかと思う。
「(すいません。・・・)」
フィアナさんから渡されたメモを受付の人に渡して、通された部屋は質素で清潔感がある部屋・・・とは言いがたかった。
その部屋は資料がぎっしりと灰色の棚に所狭しと敷き詰めてあって、少しかび臭い独特の匂いがした。
「(この部屋でのみの閲覧なら許可します。普段なら一般の方は入室が許されませんので、撮影等は禁止とします。よろしいですか?)」
「(ハイ、構いません。)」
「(では、ご用があれば私に聞いて下さい。)」
事務的にこなされていく言葉を聞きながら俺は、辺りを見まわして部屋から出ていこうとする小太りの警官を呼びとめた。
「(あの、)」
「(何か?)」
「(えっと、10年くらい前なんですけど、この警察で日本人の芹沢高志さんという方が、こちらにお勤めだっと思うのですが、その方が携わった事件の資料などがあればそれだけを見せて欲しいのですが。それはどの付近にありますか?)」
「(芹沢・・・?)」
「(はい、芹沢 高志。)」
俺がその警官を見つめて尋ねると、警官は高志さんの名前に首を捻って考え込んだ。そして、何か心当たりでもあったのか、ズボンのポケットから携帯を取り出して、どこかに繋げて話し始めた。
「(・・・確かに、芹沢はここに勤めていたけれども、正式にはここ配属ではなく、FBIからの申請で凶悪犯を追っていたらしい。今、当時一緒に地元を動いていたヤツを呼んだから、そいつから話しを聞いたらどうだい?・・・なんか、芹沢について、君は非常に思いつめているようにも見えるから。)」
警官はそう言うと、俺を見て苦笑を浮べて俺の方を2、3回軽くたたいた。
俺は、警官の大きい手を見て目の前の人物の後ろから、急いで走ってきた30代前半の若い警官を見た。
大きく息を切らし、俺を見て少しい驚いたように目を大きく開いていた。
「(君は・・・・)」
「(ディンズ、この青年が『あの』芹沢について調べているらしい。少し話をしてやってくれ。今日の後の仕事は俺に任せればいいから。)」
「(あ、ああ・・・・。)」
ディケンズと呼ばれた警官は、ガハハと笑って部屋を出ていく警官を見たあと、流れるようにして俺を見た。
「(お忙しいところ、お呼びだてしてすいません。)」
「(あ、いや、いいんだ。所で、今日は何で・・・)」
「(はい、芹沢高志さんが関わっていた事件のことについて聞きたい事がありまして・・・。えっと、その前に自己紹介をしましょうか。俺は、)」
「(君は長谷川優希君だろ?)」
「(え?何で、)」
「(いつか、こんな日が来るのでは無いかと思っていた。俺はディケンズ=ワーゼイン。芹沢が他界するまで、相棒として一緒に働いていた。)」
互いに固い握手を交わすと、俺は彼の瞳を見て心のどこかで確信した何かがうごめいている事に気が付いた。
記憶の鎖が繋がっていく音がした気がした。
改書:1/10