朝、突然キミに会いたくなった。
「行って来ます。」
「いってらっしゃい。荷物は10時ごろだったよね?」
「ああ、休ませてゴメンな。手続きが終わったら早く帰ってくるから。」
「ハイハイ。・・・・お兄ちゃん」
「何?」
「言わないの?紫苑ちゃんに」
「・・・・沙耶は言えるのか?こういう時」
「・・・・・・わからない。でも、言えなかったら、泣く、かな?」
「そうか。」
俺は、一言沙耶に告げると家を出てそう遠くはない芹沢の家に向かった。
芹沢が家を出る時間は7:30。誠也さんに聞いて知った時間だ。
『欠落した部分は、お前が親父の事を調べれば見つかるって言うのならいくらでも調べて見ればいい。ただそれが出たからといって紫苑の記憶が戻るとは限らないんだぞ。』
痛い言葉だった。
確かに戻るとは限らない記憶。
すべては記憶が鍵を握っているのに。
「おはよう」
誠也さんから話を聞いていたのか、芹沢は家の前に立って俺を待っていた。
「おはよう、芹沢。」
この言葉を交わせるのは、この10代の時間にこの言葉を交わせるのは、これが最初で最後であることを俺はよく知っていて、この時間が貴重だった。
「ゴメン、朝早く」
「んん、いいの。なんか最近話す時間すらなかったしねぇ。昨日お兄ちゃんから聞かされたときはびっくりしたけど。」
そう笑顔で言うキミを俺は横で見てて、つられて笑顔になる。
「それにしても、私まだ聞かされてないのよね。誠也お兄ちゃんと優希君の関係の部分。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は動きを止めた。
俺が止まった事に芹沢は後ろを振り返って俺を見て首を傾げていた。
「聞いてないの?」
「うん。聞く機会はあったんだけど、時間が合わなくて」
「そうなんだ。・・・」
「優希君?」
芹沢が俺の方へ近づいてきて、目の前で止まる。
覗きこんだ顔が、俺の瞳を捕らえて離さなかった。
「俺と芹沢は、・・・・ドイツで会ってる」
「え?」
「芹沢は高志さんが死んだあと、日本に帰ったから。」
「・・・・覚えてないわ」
ただ俺は芹沢を見て黙ってるしかなかった。
足を動かして、学校への道のりを行く。
「俺は芹沢に1つ隠している事がある。」
「何を?」
「・・・・今日の終わりに言うよ」
今日の終わり。
今日の終わりって一体いつ?
深夜11:59の事?
それとも学校の終わり?
俺は心の中で自問自答しながら俺が答えた事に自嘲した。
『――――――俺は芹沢の大事な父親を見殺しにしたんだよ』
「呉野先生」
俺は学校に来てすぐ、職員室の担任の机に向かった。
「おお、長谷川準備は出来たのか?」
「お陰様で。今日で終わります」
「そうか、寂しくなるな。せっかく、この学校からもT大現役合格しかも挨拶つきの奴が出るのかと思ってたけど・・・・向こうの学校に行くんだろ?」
「まぁ。向こうも勤勉な国ですからね。負けてられないし、調べるには丁度いい環境だから」
「まぁな。負けるなよぉ?」
「わかってますって」
そう俺が答えると、呉野は俺の腹に拳を当てて寂しそうな顔をしていった。
「帰ってきたら、あの店で俺のお気に入り入れてくれ」
俺の帰る場所は確かに用意されていた。
俺が帰ってくるかもわからないのに、待っていてくれる人がいるのかとそんな気持ちになっていた。
突然の学年での集会。
ほとんどが何事かという様子でいそいそと体育館に集まりだし、五分後には鎮座していた。
先生たち学年団のセンターにかける勢いと、迫りくる推薦試験に向かっての下準備の説明。朝早くから呼び出された生徒はただ眠そうな顔をしてその話をただ聞いていた。
「今日は、非常に残念な話しがある」
学年主任の先生が生徒の前に立って、一言告げた。俺は集まっている体育館の後ろの出口でそれを静かに聞いて、誰にも気づかれないようにその場を後にした。
経験すれば誰もが過ごし辛い環境となってしまう雰囲気を俺は知っていた。
学校を去ることは=会えなくなること。
会えなくなることは、この機会に会っておこうと人が群がる事。
俺はこの雰囲気をすきになれずにいた。だからその場を静かに離れた。
「今日をもって、理系7組の長谷川優希君がドイツ帰国に伴い、学校を辞めることになった」
初老の男性が少し戸惑いの発言。
その言葉に確かに誰もが驚きを隠せないのと戸惑いを感じている事が、後ろから聞こえてきた言葉ですぐにわかった。
「彼は誰にも知られてはいないが、・・・・私たちも呉野先生に聞かされて驚いたんだけれども、大検を持っていると聞き、私たちは緊急の処置をとらせて頂きました。長谷川くんは一足先の卒業になります。9月からはドイツの大学に編入が決まっていて、そこででの彼の活躍を期待したいと思います」
みんなはどう思うだろう。
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土手に寝転んで空を見上げた。
今頃家は引越し屋を迎えて俺の荷物を運び出している。
教室は俺の帰りがない事を知りつつも淡々と授業が進められている。
俺は携帯を開いて、メールの受信フォルダを開いた。
いくつか操作をして、開いたメールはすべてカイで埋め尽くされているところ。
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11/7 10:30
From.神藤カイ
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お前今どこ?俺今家出たとこ〜
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2/4 15:24
From.神藤カイ
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優希、病院退屈だ。
お前が居ないと超つまんねぇ。
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4/18 20:56
From.神藤カイ
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今日お前ドアの後ろに居た?
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7/7 22:37
From.神藤カイ
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優希星見えるぞ。
俺、来年も見れるかな?
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なぜか泣けてきた。
時の経過を痛いほどに感じた。
どうして、死なないでいい人が死ななければならないのか。
どうして、俺は死ぬことを変わってやれなかったんだろう。
「優希君」
後ろを振り向けば、そこには戸惑いの顔を見せる芹沢が居た。
「約束の、『今日の終わり』だったな」
「・・・・・どうして」
言ってくれなったの?芹沢は言葉にはしなかったけれども、そう、聞こえた気がした。俺は言葉にせずに脳裏に焼き付くように芹沢を見つめた。
「・・・・好きよ」
突然、芹沢が俺に向かって一言告げた。俺は信じられなくて目を、逸らした。
しばらく考えて、俺は手に握っていた携帯を眺めていた。
立ち上がって芹沢の右手に自分の携帯を乗せる。食い入るように見つめてくる芹沢の目が痛くて俺は故意にそれを自分の手で覆った。
「優、」
「ゴメン」
「え?」
「カイの死を変わってやれなくて、ゴメン。高志さんの笑顔を奪って、ゴメン」
「どう言う意味?」
「・・・・好きになっちゃダメだ、こんなヤツ。芹沢に相応しくない」
「違うよ」
「違わなくない。どうしたら、自分の父親を見殺しにしたやつを好きになれるだよ?」
「違うよ、・・・違うよ!!」
「俺は自分を信じる事が出来ない」
もし、俺が無くした記憶を元に戻せていたら、キミが告白してきたあの時、俺はなんと答えていただろう。
時は戻らない。
傷つけた分、心は悲鳴をあげていた。