帰国まで、あと2日。
時が流れるのは早い。
けれども、時が流れるのは遅い。
初夏の日差しは一端雲に隠れて、雨を降らし、それらが過ぎ去ってしまうと、もうそこに夏は迫り来ていた。
蝉の声は辺り全体の空気を震えさせて騒音を作りだし、太陽光線も激しく突き刺さるようなきついものとなり、並木通りの日陰が微かに涼しいと感じる。
葉の間から零れる日差しは、メラメラと地面を焼いている。
「げ〜中間終わって梅雨過ぎたと思ったらもう期末だぜ〜?」
教室の誰かの声が酷く響いた。
その声に優希は机の下に構えていたハードカバーの、見慣れない文字が陳列する本をから目を離した。その光景を浩介は何も言わずただ遠くの自分の席から見ていた。
どれだけ自分は周りを悲しませればいいのかなんてわからなかった。
だから、せめて自分がここからいなくなる事だけは伝えておかなければならないと思った。
けれど、芹沢を前にして「さよなら」の言葉は言えなかった。「好きだ」とは口が避けても言えなかった。きちんと自分を許せるくらいの人間になるまでは言えなかった。
ただ言えるのは残酷な言葉だから。
*****
3日前。俺は浩介に呼ばれて屋上の丁度日陰になっている場所で話していた。時間は授業中。この暑さのなか、誰一人として俺たちが屋上でサボっているとは思ってもいないはずだ。
「なぁ、優希。あの事、芹沢さんには話したのか?」
「・・・・・話してないよ」
「何で?」
浩介はあれ以来何かをとっつけては俺を呼び出して話しをした。
決まって、担任呉野の授業の時間に。
「タイミングって言うか、何を話せばいいのかわからない。傷つけるのはわかってる事だからさ。」
「・・・・・・」
笑いでない笑いを浮べると浩介は罰が悪そうに俺の顔を見てそうかと一言呟いた。
『黙って行く。どんなにキミを混乱させるだろう?きっとキミは泣くんだろう。何も意味が解らなさ過ぎて。』
*****
「優希君!!」
終礼が終わって下足棟へ向かっていた俺を、聞きなれた芹沢の声が弾きとめた。
「どうかしたの?」
「あ、うん。期末終わったらさ、夏休みじゃない?私たち受験生なんだけど、その前にみんなでどっかいきたいねぇって話しになったの。浩介くんがうちのクラスに今来てるんだけど、・・・優希君のこと出したら『来ないんじゃない?』って言ってて・・・・それで。」
確かめて来いって、とだんだん語尾が小さくなていく芹沢の姿を俺はなぜか見つめていた。
「あぁ、うん。行けないんだ。用があって」
「そっかぁ。残念だね。」
「・・・・・・・・・・」
「でも、卒業式の後とか合格が決まれば遊べるよね。」
「・・・・・ソウダネ。」
正直羨ましかった。明るく笑う君が。俺には眩しかった。
「芹沢」
「ん?」
「今、シアワセ?」
「・・・・・・優希君?」
なんか、様子変だよ?そう覗き込む芹沢を俺は見つめたあとに、俺は一言「ゴメン」と言って、その場を離れた。
芹沢が満足のいくような生活が送れればいい。
たとえ隣に俺が居なくても。
俺は下足棟を出ると頭の上で澄んでいる空を見上げた。
見上げた夏空は、俺の心の中の矛盾を鮮明に現していた。