月曜日が来て、火曜日が来て、水曜日が来て、木曜日が来て、・・・・毎日はその繰り返しだと思ってた。
その中のちょっとした時間に、人は色んな出会いをして、別れていくのだと思ってた。
これも、また一種の別れだと思えばいい。
そう思うことは、出来なくなっていた。
あなたはあの時助けてもらった時から、ううん。
ずっと前から出会う運命だった。
その運命の為に私は人を愛することを覚え、あなたと向き合うことを覚え
あなたと対等に向き合いたいと願った。
『ねぇねぇ、見た?成績表。7組の長谷川君また英語だけで全教科満点逃してるよ。』
『あ〜見た見た。さっき職員室行ったけど、英語の松さん嘆いてたもん。『長谷川がまた私の見覚えの無い綴りを書いて〜』って。よく聞いてみたら、それ英語じゃなくてドイツ語だったらしいよ。』
『えぇッ!?ってことは英語で書いてたら満点だったってこと?』
『ザワザワ・・・・』
テストの成績表板の前では生徒がざわめきあい、噂し合っていた。
噂の主人公は長谷川優希その人だった。
優希は全体から言って、英語を除く9教科満点という偉業を残すが、英語83点という、無残な結果に残っている。
生徒は知っているもの知らないものの二極化になるが、大半の生徒が優希が通っていた中学校出身者なので、ドイツで過ごしていたということを知っているため、それは仕方ないと思っているのが多い。
3位 983点 長谷川優希
1・2位とは余り差の無い点数だった。
進学校とくれば、定期考査の高校3年次、上位10位で900点越えは当たり前に思われた数字だった。
その頃優希は、学校近くの土手に体を横にして空を見上げていた。
雲の動きが速く、きっと上空は風が冷たく強いのだろうと予測しながら。
「〜♪」
一瞬風に乗って微かな歌声が聞こえてきた。
優希は身体を起こし辺りを見渡すと、川岸で紫苑が座りこんで歌っているのが見られた。
「・・・紫苑?」
優希は一つ呟き、紫苑の方へ歩き出した。
目に見えない形あるものが 今の私を包んでる
あなたの名前 呼ぶ声さえ・・・・・
「うわ!・・・・ビックリしたぁ」
紫苑は人の気配を感じ、後ろを振りかえると思いもよらなかった人物がいて驚いていた。
「歌?」
「え?私の・・・聞こえてた?」
「ああ、うん。」
「うわ。恥ずかしい〜・・・・」
紫苑はそう言ってしゃがみこんだまま膝に顔を埋めていた。
「てか、話すの久しぶり・・・だね。2週間ぶり?」
「そう言えば・・・・」
紫苑は立ち上がって、そう優希にいうと優希も頷いて紫苑を見た。
久しぶりに紫苑の顔を見たときだった。
「今日は何でここに来たの?」
紫苑がそう尋ねると優希は少し唸り「なんとなく・・・」と呟いた。
風が強く吹いて、遠くから雷の音が聞こえ始めてきた。
雷・・・それは昔、空から聞こえてくる轟きにより、平安時代の人々はそれを『神鳴り』と呼んだ。
まるで、神様が何かの呪文を唱えるかのように。
『ザーッ』
はっきり言って、ついていなかった。
突然降り出した雨は、ことごとく俺と芹沢を濡らした。学校も終わり、帰宅しようとした瞬間の出来事。川辺りで会って、それから一緒に帰宅して別れようとしていたのに。
「芹沢、この雨だったら俺んちが近いから雨宿りしていってよ。」
「ありがとッ!」
本来ならば、俺はちゃんと送り届けなければならなかったのかもしれない。
でも、今日は違った。
『本当にそれでいいのか?』
担任の呉野の声が蘇える。
(これでいいと自分でも納得したのに!!)
納得していない自分がいたらしいその心に苛立ちがわいてくる。
「はぁ、はあ」
「結構ほんぶりしはじめたねぇ」
「え、あぁ。・・・タオル持ってくるからちょっと待ってて。」
学校からそう遠くない俺んち。
芹沢の家は駅から2駅行った場所の住宅街だった。
だから、だろう。
一軒家の長谷川家は隣近所から言うと少々大きめの家。
屋敷とまでは行かないけれど、それでも大きい家だった。
あまり周りが言わないけど、俺の父さんは身長185センチを余裕で超えているから、日本で住む家は絶対に屈まない家を作りたかったらしい。
しかも、大の日本文化好きとくれば、風呂はヒノキ。和室には茶道セット。その他生花、書道も出来てしまう。庭はもっぱらの日本庭園。
ドイツ人なのに、日本の心をよく理解しているというか・・・へんな親父と思う。
でも、今この家は俺と沙耶の二人しかいない。
それは母さんも父さんもドイツに帰っているから。
「はい、これ使って。」
何故か妙に声のテンションが下がってしまう。
「ありがとう」
俺の差し出したタオルを嬉しそうに受け取る芹沢がとても・・・・
「あ、・・・」
先に声を出したのは俺だった。
芹沢の制服のブラウスが雨に濡れて透けていた。
「え?」
「あぁ〜っと・・・・・とりあえず、その、ごめん。ここ真っ直ぐ行ったところの突き当たり右に風呂場があるから。先にシャワー使ってて。」
優希は少し耳を紅くして照れながら紫苑に言った。
「あ!!」
何事かと思い自分を何気なく見てみると、紫苑も透けているブラウスに気づき、貸してもらったタオルで前を押さえ、慌てて風呂場へ直進していった。
着替えを優希に借り、制服が乾くのを待っていると優希が紫苑をリビングに呼んで、紅茶を作ってくれた。
「あと、1時間くらいで雨が止むって。」
「そうなんだ。良かった。」
紫苑が安心したように溜め息をつくと、優希はマグカップを持って紫苑に手渡した。
「ありがと」
「・・・・もうちょっとで沙耶帰ってくると思うから。そしたら、家まで送るな。」
そういって、優希は紫苑の座っているソファーに少し距離を置いて腰掛ける。
「沙耶・・・・妹さん。」
「そう。すッごく芹沢に会いたがってたんだ。良かったよ、会わせられて。」
「じゃぁ、ピアス気に入ってくれたんだ。」
「芹沢のお陰だよ。」
「いや、あれは優希君が選んだんじゃン。」
「・・・・・芹沢も、つけてくれたんだ。」
「え?」
優希がポツリと呟くと、紫苑はそれを聞き逃し、優希を見つめた。
優希は一瞬紫苑の耳に触れると、何か触れると傷がつくのではないかと言うように優しくその耳に触れた。
「あ、ゴメン、勝手に触って。」
「ううん、いいの。」
「え?・・・・」
『ピーッ』
「あ、乾燥終わったみたいね。」
「・・・・」
機械音の音を聞いて紫苑は慌てたようにその場を立つと、紫苑は乾燥機の場所で、着替えると一言言った。
「ただいま〜。お兄ちゃ〜ン?」
誰か来てるの?語尾の延びた声が玄関辺りから聞こえてきて、妹の沙耶が帰ってきたことが解った。
「お帰り。」
「ただいま。誰か来てるの?」
「あぁ、芹沢が。」
そう優希が洗面所のほうに視線を送り、しばらく見つめていた。
沙耶ははっとしてその意図に気がつき、嬉しそうな顔を浮かべた。
「もしかして、紫苑ちゃん!?」
「声が大きいよ。・・・・それから、これから芹沢を送っていくから、晩御飯の用意ちょっと待っててくれ。」
「待つって、私晩御飯くらい作れるよ。それよりお兄ちゃんあの事は・・・・」
優希の言葉に少々拗ね気味に呟いた沙耶は、一つ疑問に思っていたことを兄に投げかけるものの、その言葉は叶わず空気に消えていく。
「お世話かけました〜。・・・・えーっと。」
「こんにちわ☆兄がお世話になってます!!」
「沙耶ちゃん」
「はい〜、これからもよろしくお願いします!!」
二人の挨拶のやり取りを見た後、優希は気を取り直して、紫苑を呼び送っていくといって玄関に手をかけ、紫苑を先に外に出して待たせる。
「・・・沙耶、」
「何?」
「やっぱ夕飯作って食べてて。」
「はい?」
「バイトに行くから。」
「だって、今日は・・・」
「瀬野さんに用事があるの思い出したから。」
「ハイハイ、どうか送り狼になりませんように。」
「はは、んじゃ、行ってきます。」
あなたの優しさも、慈しみも、苦しみも、すべてわが命にかけても
汝、すべてを包みし者よ
汝、すべてを解放する者よ
去る事勿れ、恐るる事勿れ
受け入れ賜え、すべてを、すべてを、