home > original works > novels index > 第2部 友を想う少年
24−2



―――――――――・・・・・

「でも、お前本当にいいのか?」
「ああ、いいよ。」

 俺はカイと紫苑が付き合う前にカイに相談された。
 本当に紫苑がカイのものになる前の話。
 俺は窓の手すりに背中を預けて、一人俯いて目を閉じた。

 これで良い。
 これが良い道なんだと、納得させていた。

「俺は、・・・・悲しませるだけだから、俺じゃなくて、カイといた方が絶対にいい。お前も、紫苑が・・・芹沢さんが好きなんだろ?」

 それでいいじゃないか。
 俺はイスの背もたれに寄りかかりながらどかっと座るカイを見て言った。
 何を今更確かめるのか俺にはカイを理解する事は出来なかった。
 それは、俺への当て付けなのか、それとも不安なのか。
 今ならそれを理解する事が出来る。
 お前は俺の気持ちを見破っていた。そして、お前は俺という人物を良く見ぬいていた。

 俺が空だから、何も考えない俺に、俺が空だから、俺を満たそうとして
何も望まない俺に、お前は与えてばかりいて、損してるんじゃないか?


 いらなかった。
 何もかも。

 自分の不幸に対して、紫苑の失ったものは大きいから。
 死という、永遠の別れを俺は与えてしまっているから。


「俺は、紫苑が好きだよ。」
「・・・・なら、俺は身を引くよ。」
「――――――――――――お前、俺が死んだ後はどうすんだよ。」
「・・・・・・・・・・どうもしないさ。」

 俺は身を引くんだ。

 そう俺はカイに告げると、カイは一瞬目を吊り上げて、俺を見上げた。

「何でだよ。」
「出来るわけねぇだろ。」
「じゃぁ、他の奴に取られてもいいのかよ!?」
「・・・・・・・・」
「良いわけねーだろ。」


 依然として、カイは俺を見上げて怒った風にいや、実際に俺に怒りを向けていた。
だけど、俺の中では決まっているんだ。俺は紫苑をこの手で幸せにすることはできない。
罪悪感、という言葉では当てはめられない。
 もう、とり返せない過去が俺を埋め尽くしている。
 どうして、俺が紫苑の大事なものを奪っておいて幸せにする事が出来る?
 それは、道理に叶わないじゃないか。
 だいたい、人を好きになることは簡単じゃない。紫苑が俺を選ぶとは限らないんだ。


「・・・・・・相手を選ぶのは芹沢の自由だろ。」

 俺は残酷な言葉をカイにいったのかもしれない。
 俺は紫苑に俺を選ばせることはさせない、と。
 俺は選ばれてはいけないから。

「マジでいってんのか?」
「ああ、そうだよ。」

はぁ、カイの溜め息をつく姿が横目で確認することができる。

(俺も相当、カイに呆れられたな・・・・)

「あ〜〜〜〜〜〜〜・・・・マジでコイツ殴りてぇ」
「はぁ?」

 カイは足を貧乏ゆすりのようにガタガタ震わせて腕に額を預けた。
 俺がなぜカイに殴られなくちゃいけないのかが疑問だった。
 俺は目を開いてカイを見つめる。

「意味わかんねぇし」
「オマエなぁ、俺が悔しいの知らねぇから、紫苑を俺にやるとか簡単に言えるんだよ。」
「何を」
「俺から見ててお前ら全然接点無いように見えるけど、どっかで繋がってんだよ。
本当は紫苑と俺は結ばれない運命だろ?だけど、それを結んだのはお前。
はたまた、俺のこの血が正常だったらずっと生きてーよ。
ずっと紫苑を俺のもにしておきたいよ。でも、俺は死ぬし、紫苑もお前と出会う。」
「カイ、違う」
「どこがだよ。」

 俺が否定しても、カイは縦に首を振ることはしなかった。
そして、カイが否定しても、俺は縦に首を振ることはしなかった。

「芹沢はカイと出会った。だから、心はいつもカイのものだろ?ずっと、・・・・俺はそこに入ることは出来ない。」

 夕日が教室を照らし、オレンジがかった視界がカイの色素の薄い髪と肌を照らしていた。
 俺を見つめるカイの目はどこか寂しそうにしていた。

「それでも、・・・・・悔しいんだぜ 優希」

 俺はあの時のカイの横顔が忘れられない。
 芹沢は一生お前のものなのに、手に入れられないものをお前は手にしているのに、それでもお前はまだ足りないという。
 時間がお前を妨げた。

 お前に時間を与えれば、おまえはここへ帰って来るのか・・・・・?



         *****



 ずっと握っていた手の温もりが、とても遠い記憶の方で懐かしいと感じた。

『俺と誠也さんのことは、誠也さんに聞くといいよ。芹沢の覚悟が決まれば』



『コン、コン』
「はい」

 私は、お兄ちゃんの部屋のドアを控えめにノックした。


 聞こう。


 優希君と私の心の間に佇む壁の真相を。
 私は意を決して、ドアノブに手をかけて開いた。

 隠れていたあなたの闇に私は触れることが出来ますか?


 それとも・・・・



「じゃぁ、すいません。その件は後ほどこちらから連絡いたしますので。・・・・はい、では。」

 私が部屋に入ったとき、お兄ちゃんは何やら仕事のことを連絡していたみたいだった。

「なんだ、紫苑か。どうかしたのか?」
「邪魔してゴメンね、仕事の連絡?」
「ああ、ちょっと会社の方でトラブルがあってさ。何か用だったか?」
「え、あ・・・・うん。」
「なんだよ、話してみろよ。俺で良ければさ。」
「うん、あのね・・・・前ね、優希君が言ってたんだ。」
「・・・・『優希』、が何て?」
「優希君とお兄ちゃんの関係を知るなら、お兄ちゃんに聞いたほうがいいって。その理由を聞こうかなって・・・・」
「・・・・・」

 私が恐る恐る聞いてみると、お兄ちゃんは何かを考えるかのように、一点を見つめて黙り込んだ。
 私は自然と不安に襲われる。
 聞くタイミングを外したのか。

「私、出なおそうか?」
「紫苑・・・・」

 お兄ちゃんが私に申し訳なさそうな顔をして見つめ返して来た時、お兄ちゃんの後ろにおいてあった携帯がけたたましく鳴り響いた。

「ゴメン、紫苑。話そうと思えば話せるけど、・・・・俺の心の準備がまだ出来てない。ちゃんと話すから、ちょっと待ってくれ。」
「・・・うん、解った。」

 私はそう頷くとお兄ちゃんの部屋を出る。
 私は結局、この日から2週間後に真実を話してもらえるようになる。

 傷ついた心はどうすれば治るのかも知らずに、すべてをはっきりと・・・・・

 私の愛した人は、模擬的でもなく、本当に、



 愛した人だったのだ、と心が



update : 2006.08.04
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