中間考査は4日間あり、5教科10科目で行われた。
俺の場合特に問題となる教科は無かったが、さすがに母国語2つと副語学の英語、趣味のラテン語である事の方が問題だったようだ。
一見文系でも通れそうな俺だけど、理系にも支障はきたさないし、英語の答案を見ると、所々ドイツ語だったりして、書き直すという方が問題だったに違いない。
テスト3日前から、俺と芹沢に接点は無い。ただあるのは、誠也さんのみ。
テスト週間中、何回も芹沢の視線を感じたけれど、考えて見れば俺と芹沢の関係って薄っぺらなものだ。
会う事も無ければ、話す事も無い。手段は知ってるけど、それを行ったところで、どうこうすることが無い。
今の俺は芹沢に気にかける余裕も無ければ、自分のことで精一杯だった。
いや、気にしないようにしてそして、自分のことで精一杯だとしたかった。
テストから解放されて、早く帰る日はとても好きだ。でも俺には毎回恒例の進路指導室が待っている。
『3−7 長谷川、至急進路指導室まで来なさい』
案の定入った放送に、しばしクラスメイトは俺を見つめる。浩介も何があってるのか解らず俺を見る。
何食わぬ顔で俺は荷物をまとめ、指定の場所を目指した。
「失礼します。」
「お、来たな。そこに座れよ。」
ガタリ、静かな部屋に響く音は緊張感を与えた。
「―――――――で、あれから考えて見たか?」
「ええ、一応。」
「親御さんと話してみたのか?確か、ドイツにいるんだたよな」
「先生、俺は・・・・・」
言いかけて言葉を止める。
俺は何を言おうとしたのだろう。
大学へ行かないとでも言おうとしたのか。それとも、また別の事を言おうとしたのか、それは判らないがただ口が動いていた。
それに気がついて、俺は言葉を止める。
目の前にいる担任は俺を見つめ、少し短い溜め息をついた後、俺に向き直った。
「長谷川、あんな俺お前に悪いとは思ったんだけど、あるつてがあってお前の事聞いたよ。」
「つて?」
俺はいきなり言われた言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「瀬野、知ってるよな?」
「えっ、・・・・・?」
担任から言われた一つの名詞。
俺をこの日本で1番最初に居場所を与え、そして兄的存在にある・・・・瀬野さん?
「まぁ、生活費稼いでるって事で、俺が先月生徒部の先生にバイトの申請をしておいた。許可貰った。バーで働いてるって言うのは言わなかったけど、名前からしてバーって名前じゃないけどさ。ばれないだろ。」
担任の発言が何を示しているのかわからなかった。
何を言いたいんだこの人は。
「どうして、・・・・・・ですか?」
そう余りにも不自然なんだよ。隠してたらあんたタダじゃ置かないぜ?未青年が酒類の扱いをするのは禁止の日本だぜここは。
「俺さ、お前に借りがあるからよ、3年前に」
「借り?」
「俺、この学校初任だからさ、そん時は気づかなかったけど、仕事で嫌気差して、さらに彼女と喧嘩別れして、でも愛してて〜って自分がもどかしくて自棄酒に走ってたんだよ」
「お前気づいてた?自分の学校の教師が生徒に愚痴かましてんの」
「いえ、スーツだとあの暗がりでは同じに見えてしまうんで」
「だよなぁ」
ははっと煙草に火をつけ、笑みをこぼす担任呉野にへんな親近感を得た。
「お前、俺にこう言ったんだ。『道は一つじゃない』って。『人間やりなおそうと思えばやりなおせる』」
「・・・・」
「衝撃的だぜ?10もしたなのに大口叩くんだぜ?でも、」
そう言って言葉を止めた呉野は俺を真っ直ぐ見ていった。
「今度はその言葉をそっくりそのままお前に返す。」
お前の望んでいる事は何だ。そう聞かれた俺は思うままに言葉を薦めた。
「一応考えてる事があるんです。でも、それは俺の力だけではどうにもならないので、」
「俺の出来る範囲で協力する。ただし、口出すけど。」
「では、お願いします―――――――――――――――――」
確か、みんなが言ってたな。
お前はあの事故を引きずり過ぎなんだと・・・
だけど、俺には償わなくてはならない罪の一つで、一生無くならない過去の一つで、忘れられなくて、
そして、力を持たなかったあの時の自分が一番、
恨 め し い 。
『お願いします―――――――――』
どうして俺はそう言えたのか、今なぜ俺は呉野にこんなにもすんなりと自分のことを話せているのかが、ずっと不思議だった。
人付き合いの少ない俺が、心を許し話す。
これは何を暗示しているんだ?
「・・・・長谷川のやりたい事は一応解った。けどな、今はそれが優先なのか?」
「はい、譲れません。」
「・・・・・」
「俺は、初めてここにきて、自分が空の人間だったって思わされたんです。」
「でも、勿体無くないか?せっかくドイツ語とか、お前は語学が立派じゃないか。」
「それはただ、俺の置かれた環境の所為です。ぜんぜん立派じゃない。必然じゃ、ない。」
「・・・・・まぁなぁ。でも瀬野も寂しくなるだろう。」
ボソリと呟く呉野を俺は見た。
「ところで、先生はなんで瀬野さんと知り合いなんです?」
「あ?アイツ、同級なんだよ。初めて店に行った日なぁ、死ぬほどお前の話し聞かされた。
アイツ、弟みたいに思ってんだよ、お前の事。」
「・・・・・・そうなんですか」
「でも、兄貴って感じじゃねぇよなぁ、思いっきり友達感覚だろ?・・・・って、やべ!!」
「?」
ガハガハ笑っていた呉野は、急に時計を見てイスから立ちあがると焦ったように優希に顔を向けてすまないような面をして言った。
「わぁりぃ、長谷川。俺、これから約束があんだわ。すまんけど、ここの鍵締めて返しといてくれるか?」
「あ、はい。」
「んじゃ、気をつけて帰れよ。」
バタン、パタパタパタ―――――――――
呉野はドアを閉めると猛ダッシュで廊下を駆けていった。
「『道は一つじゃない』か・・・・・・」
それを言ったのは、お前だったな、カイ。