home > original works > novels index > 第2部 友を想う少年
23−3




 俺はどうしても、苦い記憶の残るこの場所に居たくなくて、罪を償う為に 自らを厳しい環境へ追いやる為に
彼女のいる日本に行きたかった。


 ドイツと日本は環境的にもすべてにおいて異なって、
 逆にドイツよりも、日本は俺にとても優しかった。



 確か、どこにも行く宛てがなくて、日本に着いてすぐ俺は夜の待ちをさまよっていた。



「おい、営業妨害になるからもうちょっと端の方に座れよ」



 俺は歩きつかれて一つの店路地に座って時間を過ごしていた。
 そうしていると、後ろの方で一人の男性がビールのケースを重そうに抱えてタバコを吹かしながら俺を睨んでいた。


「Oh, sorry.」


 彼を見た瞬間とっさに出た言葉だった。
 俺の容姿でこの場に合わない言葉は彼を一層驚かせ、怪訝な顔をされた。


『・・・・そのナリして、もしかして外人?』


 それは流暢なイギリス英語だった。


「すいません、邪魔しちゃって。英語お上手ですね」
「日本語?・・・・話せるのかよ」
「あ、混乱させてすいません、一応日本の血も混ざってるし、小さい時に少し日本にいた事もありますから、日本語話せます」

 俺が座っていた場所を彼に譲りながら話すと彼は俺の顔を少しの間見つめて唸っていた。

「・・・・まぁ、少し中にはいれよ。予報だと後少しで雨が降るから」

 彼は店の店長で名前を 瀬野 智(せの さとる)と言った。

 瀬野さんは俺の後ろの多荷物をみて、最初は家出だと勘違いしたらしいけど俺の容姿は日本人に比べ大人びて見えて、せいぜい高校2年くらいだと思っていたという事を最初に話された。


「中3かよ。あーでも、ドイツは違うんだっけ?」
「さぁ、来る時に余り日本のこと調べてこなかったから、知らないんです」
「にしても、そんなんで良く日本に来ようとしたよな。何でだ?」
「・・・・・色々とあって。どうしても、俺は日本に来なくちゃ行けなかったんです」
「ふーん。色々なぁ。んで?お前の事はだいたいわかったから、これからどうするとか決めてんのか?」
「一応、中学校に行く事にはなってるんです。どうしても、下宿は嫌だったんで前の自分の家に行こうとしたんですけど、街並みも変わってるし、タクシーで行こうとしても、今ユーロ・・・しか持ってないから徒歩で行こうとしてたんです」

 俺がそう話すと、瀬野さんは咥えていたタバコを指で挟み、煙を吐き出すと「・・・お前ン家どこ?」と聞いて俺はフィアナさんから貰った自宅の住所のメモを瀬野さんに見せた。


 そのメモを見た瀬野さんは、慣れないドイツ語綴りと辛うじて書いてある英語を読み砕いて「豪勢な所にすんでるやつだなぁ」とあきれあきれに言った。
 でも、俺には今金は無い。そう思うと急にずっと我慢していた腹の虫がなった。


「腹減ってる?」
「かなり」

 俺が素直に答えると瀬野さんは今まで険しい顔をしていたわりに、ふと息を吹いて微笑した。

「金、無いんだったけ?」


 そう、俺に質問すると「労働基準法に違法するけど、お前今日からここでバイトな」とドアから出る寸前で言われた。ただし、仕事の内容が内容なだけに瀬野さんは俺にかなり気を使ってもらっていた。
 仕事内容は『バーテンダー』。バイトとして金を貰うには条件が課せられていた。

 条件とは、酒の味を覚えない事。
 そして、女の人を餌食としない事。
 さすがの俺も、条件に課せられるまえに『遊びの関係』など作りたくは無かった。

 バイトをはじめて今日までかれこれ4年。
 俺はいつのまにか瀬野さんも見とめる看板店員になった。
 俺がバイトでバーテンダーをしている事は、カイと再会して中3を過ごしているときの密かな努力の尾行によってばれてしまった。
 カイが入院してからも、学校が終わって面会終了時間の8時まで病院に見舞いにきて、授業のノートを渡しバイトに行く習慣となっていた。
時々芹沢がいて会えない日もあったけど。

人から言えば俺という人物を知れば、その正体は自ずと『空』だとがわかる。

そう、俺は―――――――『空』だった。






日本に着て解った事がある。




俺は
俺の時間は‘あの時’から止まっている。



「あの時」――――――――――――「幼き日の約束」


俺は待っているんだ。君が思い出す事。気づく事。
けして俺から触れない事。思い出させない事が、約束。



――――――――――――――『私が捜しに行くから』



確証の無い口約束が俺を今も縛りつけている。
いつ、訪れるか解らない幸せ。
いや、俺に幸せなんて来なければいい。
事実を知った彼女はきっと俺を許さないから。



駅から近いこのバーは、時々学校の先生が不意にきて見つかりそうになるけど、店内の証明は暗がりだから見つかったためしは無い。


カランッ


「いらっしゃいませー」

夜の9時頃入ってくる客は以外と女性客が多い。
それは前々から思っていたけど、容姿端麗の店長の所為だとずっと思っていた。
それを俺が瀬野さんに言うと、事実は違っていたらしい事に気が付いた。

「お前のとばっちりが俺たちに及ぶんだぜ?」

と嘆く同じバイトの橋本さんや従業員の清田さんそして滝沢さんが口を揃えて言う。

「お前、自分がモテル顔だって自覚ねーだろ。女性客はなぁ、お前のその混血で構成されたお顔が好きなのさ」

煙草を吹かし笑う動作は冗談めいててでも、真剣だった。


「しかもお前女に対して偉く紳士的でお堅いじゃん?」
「お堅い?」
「どんなに言い寄ってきてても、お持ち帰りしないこと」
「あぁ、それは瀬野さんとの約束なんで」
「その真面目さだよ、一人の女を一途に思うことが、女心をくすぐるんだってさ」
「・・・・・」
「智さんから聞いたけど、何を抱えてるかは俺にはわかんねぇけどね、お前の相手を大切に思う気持ちは相手にも伝わってると俺は見るな」

若いねぇー

俺は橋本さんたちの言葉を最後まで聞けていたかどうかは解らなかった。


Sie antworteten zu meiner Absicht.
Komme ich Ihre Absicht gleich?

――カイ、お前は俺のして欲しいように動いてくれた。カイ、俺はお前がして欲しいように動けているか?





外は、今も雨が降り続いていて、


ここからはお前の星が見えない。




update : 2006.07.08
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