home > original works > novels index > 第2部 友を想う少年
23−2




本当に助けたかったのは



俺自身だったのかもしれない。
でも、助けたってそれは自分を正当化してるのと一緒じゃないのか?







雨が降っていた。

夜から降っていた雨はいったん止み、登校途中でまた降り出して今に至る。
教室から見ていた、ずしんと威厳を持って佇んでいたビル群は雲に隠れて今は見えない。


ザーッ


屋根に打ちつける雨の音。

その音は何を示しているのだろう。

きっと心を洗い流す音。
ドイツにいた時、学校で星の観察をして宇宙には60兆の星があって、肉眼で見えるのは1億の星。
60兆の星は人の細胞の数と等しくて、人間は一つの小宇宙【コスモ】と呼ばれている事を学んだ。

雨の降る今は雲の向こうの青空にある星は見えないけれど。
人の心を綺麗に洗い流すって言うのは、今まで積み重ねてきた悪しき心を、悔やむ心を、傷心を忘れてしまう事なのか?



過去を忘れる事って簡単・・・?


雨で心が洗い流されて忘れ去られたらいいのに。
そうしたら、こんなにも罪悪感を感じずにすんだのに。
けれど過去は消えない。


―――――――『自分と向き合って良く考えて見ろ』


自分と向き合うというのは、つまり、過去と向き合う事。
君を失う事を恐れていたころの自分と向き合う事。

俺の過去―――――――――――――――――――・・・・


『キーンコーンカーンコーン』

気が付けば今日一日の授業がすべて終わっていた。
テスト2日前にも関わらず、授業を聞いていない。
それでもすごい事に、授業を聞いていない割に手のほうはしっかりポイントまでノートに書いていた。


「よぉ、今日ハルたちと勉強してくけど行くか?」

後ろから聞いてきたのは浩介だった。
降りかえった俺は、今何が起きたのかをすばやく判断して、「あぁ、今日は早く帰る」と一言告げた。


「珍しい。何か今日一日ずっとボーっとしてねえ?なんかあった?」
「いや、ただの寝不足」
「は!?明後日からテストだからって遅くまで勉強してるわけ?」

お前らしくない・・・

その言葉を俺は即座に否定して、「電話してたんだ」と苦笑していった。
はっきり行って浩介は俺と幼馴染でドイツにいた事は話しているけど、俺が向こうでどんな生活をしていたのかは話していない。

ハーフであるとか、向こうの友達とか。話す必要が無いと思っている。
浩介には浩介の、俺には俺の世界があるから。


家に帰っても、やっぱりボーっとしていた。下で音がする。
たぶん沙耶が帰ってきたんだろう。
俺は、水を飲みに行こうと部屋のドアを開けると、「うわッ!!」と声がした。

沙耶がそこにいた。


「お兄ちゃん居たの!?」
「あぁ、居たけど・・・」
「気配が無いから、誰もまだ帰ってないのかと思ってた。ビックリしたー」

と、沙耶が安堵の溜め息を吐いているその横を俺が通り過ぎようとした時、あ、と沙耶がまた声を発した。

「そうだ、お兄ちゃん。昨日、お兄ちゃんがバイトいってる間に、フィアナさんから電話あったよ」

フィアナ。
その名前を耳にした俺は踏み出した足を止めた。

そして、沙耶に向き直り話を聞いた。

フィアナというのは俺の祖母だ。
フィアナさんは、Filiciana=Veldutch(フィリシャナ=ヴェルダッチ)というドイツ人女性で爺ちゃんが死んだ後はとても恋多き女性として俺の中で記憶されている。
そんな彼女は両親が俺の日本行きを反対していた中、唯一俺の味方をしてくれた気さくで品のいい老婆だ。
顔を見せに行くとその顔にはいつも笑みが絶えず、きっとこのことを人は心の温かい人というのだろう。

そのフィアナさんが今頃なんで電話をしたのか俺にはわからなかった。


「フィアナさん、何て?」
「んー近々日本に行きたいんだけど、Schones Enkelkind(孫)は元気かしらって」
「元気も何も・・・毎回報告してるじゃん」
「ふふ、それだけお父さんもお母さんもフィアナさんも、私たちだけを日本にやった事が心配なんじゃないの?何せお兄ちゃん、恋「バイト行ってくる」」


沙耶が言いかけた事は今の俺の気分にはとてもそぐわないもので、その言葉は聞きたくなかった。
俺が俺で居られなくなるから。






update : 2006.07.07
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