home > original works > novels index > 第2部 友を想う少年
21




俺はずっと傍にいると言った。



だけど、芹沢が向けるその眼差しを今は素直に受け取る事が出来ない自分に、












すごく矛盾を感じてイライラする。




















彼女の中の父親という存在はとても大きいのだと、9歳ながら俺は誠也さんに教えられた。


仕事の関係で世界中を飛びまわる父。

家にいつかない事が彼女を寂しい気持ちにさせていること。

だから、ドイツに来てやっと父親と過ごせるようになって、やっと精神が安定した事。


彼女にとっての父親とは、精神安定剤だった。



キミは覚えていないだろうけど、いつかこんな話をしたんだよ。

「紫苑ちゃんは、ここに来れて嬉しい?」
「うん!!だって、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に居れるもん!!」
「そっかぁ。僕は5歳の時にここに来て、いっぱい友達と遊んでるから、お父さんが居るとかあまりよくわからないや」
「ユーキくんってお友達とどんな遊びをするの?」
「う〜ん、サッカーとかかくれんぼしたり、鬼ごっこしたりだよ」
「へぇ〜サッカーするんだぁ」
「うん、ドイツは結構有名なんだって」
「じゃぁ、リフティングって出来る?私この前お兄ちゃんも友達教えてもらったんだけど、私には難しくて、昨日お兄ちゃんに笑われたのがすごく悔しいの」
「紫苑ちゃんが、リフティングするの??」
「だって、お兄ちゃんに負けてばっかり!今度こそギャフンって言わせるの」




今、思い出せばまだキミが「君」だった時。




俺が犯した罪によって、君が居なくなったのはそれから、1ヵ月後の事だったよ。





俺は一生君に許されないかもしれない。

一生、君に憎まれるかもしれない。

だけど俺は、約束したんだ。君と。キミを一人にしない、傍に居るって。

だから、

君の中で満たされない愛を俺が与えてあげる。

俺が居ると、キミはお父さんを思い出してきっと壊れてしまうから。

だから、カイを選んだ。

カイならきっと、キミの飢えた愛を与えてくれるから。


泣かないで欲しかった。

人を思って「愛が足りないの」と言って、泣かないで欲しかった。

俺の与える愛は偏屈かもしれない。

だけど、俺自身が癒す事は怖くて出来なかった。

俺は、臆病だ。

それでも、ずっとキミの傍に居たいのは――――――・・・・












Der Grund ist, weil ohne kann ich nicht leben.
≪君無しじゃ生きられない。≫











『Trrrrr・・・・・』

誠也は突然鳴り出した携帯を手に取り、通話ボタンを押した。




「もしもし」

[Guten Tag, Seiya.]


ぐーてん たーく せいや。

それはとても懐かしく、そして苦い思い出を残す響きだった。


「あぁ、君か。そろそろ、電話来る頃かなと思ってたよ」
『芹沢は、カイの手紙を見ました。』

相変わらず、その響きで喋る相手は一人しか居なかった。

長谷川優希。

最近、紫苑を通じて連絡手段を得、何とかして連絡をとりたい相手だったが、

何を予期してか良いタイミングで連絡が着たもんだと思っていた矢先だった。

「え?それは・・・」
『―――――――もう彼女は大丈夫です。
 たぶん、近いうちに誠也さんと俺との関係を聞いてくるはずです。ただ、』
「ただ?何かあったのか?」

歯切れの悪い返事をする優希に、誠也は紫苑に何かあったのかと心配になった。

『・・・・・』
「優希?」

電話口で黙る優希の沈黙が何だか妙に引っかかり、名前を呼んで見る。

『誠也さんは、今も俺を憎んでますか?』

突然言われたその一言はあまりにも誠也を驚かせた。

「・・・優希?お前、なんか変だぞ」
『誠也さん知ってます?彼女と高校で再会したとき、彼女中から俺は居なくなっていた。
 それは、きっと俺の罪に対する報復でしょ?』

優希の言い分はあまりにも衝撃的だった。

それは、2人が知っている過去のもうとり返しもつかない、2度と悔やんでも戻れないあの時の事だった。

でも、それは優希の所為ではない事くらい誠也には痛いほどわかっていた。

しかし、何事も自分の所為だという、優希の言葉が何よりも痛かった。

「違う、優希。紫苑は、事故のショックで記憶を失したんだ。だからっ」

『でも、その原因は俺自身です。』
「違う、優希!!」

どんなに否定しても、どんなに説得しても、優希は首を縦に振る事はなかった。

それは、時が流れて8年経った今でも変わっていないらしい。

『俺は、カイに芹沢を託されるようなやつじゃない。カイの変わりに芹沢を愛することを許されたやつじゃない。
 きっと、事実を知ったら芹沢は俺を許さない。俺も、許されるつもりもない。彼女が今抱いている感情に答える事は出来ない。
 誠也さんも気づいてるでしょう?芹沢の変化』
「あぁ・・・」
『どんなに事故だと叫んでも、俺の中では終わらない。』

そして、優希は最後の言葉を放った。





――――――――Ich kann sie doch nicht schutzen.(結局俺は彼女を守る事は出来ない)







そんな事はない。

カイが死んだ時、お前はお前の意志で紫苑を守っていた。

もし、お前の意志じゃなかったら、お前の事だからとっくに何か手をまわしているはずだと電話の向こうにいる、優希に叫びたかった。






Ich habe Ihren Vater getotet.






「『俺が貴方の父親を殺したから』か。・・・・俺はどうしたらお前の罪を軽く出来る?」


あの事故は仕方なかった。

否、あの事故は対処しようがなかった。

何も手段を得られないあの状況の中でお前の命が助かったことが、幸いだった。

だから、憎むどころか俺はお前に生きてもらってよかった。

父さんが守った命を、俺は何の罰も与えずに許した。

ただ、小さいなりに賢いヤツだからその状況の深刻さを身体全体で感じたのかもしれない。

紫苑と母さんが日本へ帰国して、俺だけがドイツに残っていた時に聞いたんだろ?


罪の許され方を。














「お前は悪くないのに――――・・・・」










update : 2006.03.11
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