home > original works > novels index > 第1部 過去を想う少女
20







勝負をしよう

どっちがたくさん幸せになれたか―――――――









彼女の細い腕が下ろされて、

俺はやっと隣にいる彼女を見ることが出来た。


涙を目にいっぱいためて、

何かを吹き飛ばすかのようにすっと、前を見据えた。


「ありがとうね、優希君」


やっと見れた。


そう言って自然と手が触れ合い繋がれる。

彼女の温もりがとても近くて、心が動き出すのを止められない。

今すぐにでも抱きしめたいのに、それは俺が許さない。


駅への道。

手は繋がれたまま俺が先に歩いてその後を

彼女がついてくるように歩いている。

5月の日差しがじりじりと肌を焼く痛さを感じる。

五月晴れ。

明日はどうせ雨が降ってこの青い空は隠れてしまう。


「優希君、」


突然発せられた彼女の声が俺の耳に届き振りかえると、

彼女は俯いて握られた手を見つめていた。


「どうか、した?」

「・・・・私、幸せになれるかな?」


たぶん、さり気ない独り言のような言葉が妙に耳に焼きついた。


「なれるよ、芹沢なら。なれるよ、絶対」

「そうかな?」

「うん」

「・・・・優希君も?」

「俺は、一人だよ。ずっと誰かを見守って生きるくらい」

「え?」

「芹沢は何で俺に彼女がいるって思ったの?」

「それは、あの時のプレゼントを・・・」

「あぁ、あれ、妹のプレゼント。沙耶って言うんだ」

「でも、大切な人は?」

「今、支えたいのは芹沢だよ。カイと約束したし、

 そして、ずっと昔約束した事を果す為に傍に居たい人」




「それは、ドイツでのこと?」



「そう。でも、まだ思い出してないだろ?その反応だと」


「私たちいつ会ったの?」

「それは・・・芹沢の覚悟が決まったら、誠也さんに聞くといいよ」


彼なら俺をよく知ってるから。


そう呟いた優希君の声はとても寂しそうに響いていて、

また前を向くと、歩き出す。


「私、優希君に頼ってばっかだよね。ありがとうね、傍にいてくれて」


大好き


そう、まだ口には出せないけど、心の中で呟いた。



カイが私のそばにいたことを今感謝しています。

優希君が引きあわせてくれたこの気持ちに感謝します。


やっと解ったの。


カイはずっと心の中にいて、

ずっと記憶のなかで、思い出の中で笑って生きている。


やっと進めるの。

カイが後押ししてくれたこの恋に、

私は進んでもいいんだと、

この気持ちを否定しないでもいいのだと言ってくれたから


触れ合わせた肌の温もりが

こんなにも愛しいものだとは気づかなかった私が

今はこんなにも貴方を求めているって知ったら驚くでしょう?







「俺はずっと、芹沢の近くにいるから」





その言葉がどれだけ嬉しいか知らないでしょう?





「沙耶が芹沢に会ってお礼が言いたいって言ってたから会ってやってくれる?」

「え?」

「誕生日プレゼントの、ピアス。凄く気に入ったんだってさ」

「でも、あれは優希君が選んだじゃない」

「まぁ、でもピアスをあげるきっかけをくれたのは芹沢だから」





「うん、近い日にお尋ねに行くわ」







ねぇ、カイ見てる?


私、どうやら弱虫で意地っ張りの寂しがりやだったみたい。





ねぇ、優希君気づいてる?


私と貴方の距離が再開した時よりも凄く縮まっている事を。








第1部 完


update : 2006.03.07
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