高3初夏。
属に言う、受験生にとっては勝負の夏が刻々と迫ってきている時期。
紫苑たちはちょうど、来週に迫り来る定期テストの勉強と、受験勉強の両立に追われていた。
ただ、一つ問題を残して・・・・
「だぁか〜ら〜、ここはそんな文法じゃ、間違えるって言ってんじゃん!!」
「はぁ!?お前の言ってる事さっぱりわかんねぇって!」
「「・・・・(苦笑)」」
ある教室。
そう、ただ今テスト勉強中という張り紙を張ってもいいのかと思わせるくらい賑やかな教室。
3−7のそんな賑やかな雰囲気をかもし出しているのはご存知、
蓮見浩介と、宮田晴美の両名(コンビ)。
今の現状の発端に遡る―――――。
「うぉい、ハル〜。帰るんかぁ〜?」
下足棟を出て、晴美と紫苑は仲良く近くの喫茶店で勉強しようと意気込み、門に向かって足を進めていたが、そこへ3階の廊下の窓から、晴美の彼氏・浩介が優希と共に顔を覗かせていた。
急に呼ばれた晴美はどこに声の主がいるかわからず、辺りをきょろきょろと見渡す。
大声で呼ばれた名前だ。
紫苑たちの周りの生徒は紫苑たちを見てくすくすと笑いながら通り過ぎていく。
「お〜い、上だって〜」
「やめろよ、目立つだろ」
余りにもボケすぎるその伸びた語調に、隣にいた優希はとうとう痺れを切らせて、それを止めた。
「浩介どうかした〜?」
晴美は何の戸惑いもなくその声に返事した。
すると、浩介は窓から身を乗り出して晴美に向かって言うと同時に、手元を滑らせてしまった。
優希がそれに気がついて、「危ねッ!!」っといってその襟首を掴む。
その光景を見ていた生徒たちは一瞬短い悲鳴をあげる者もいたが、その緊迫しようとしていた雰囲気を壊す如く、情けない声が辺りに響いた。
「英語教えろ〜」
それから、浩介はある意味で有名人となるのだろう。
「だいたいねぇ〜窓に身を乗り出したら、落ちる事くらい予測つくでしょ!?」
「だって、お前気づかねぇ〜じゃん!!」
「だから、それは前々から言ってもらったらそっちにいくに決まってんでしょ!?」
「さっき思いついたんだからしょうがねーだろ!!」
慌てて晴美と紫苑は優希と浩介の元へ行くと、どうやら体裁を食らったあとなのか、浩介が廊下に座りこんで頭をさすっているところだった。
「長谷川が助けてくれたからいいものの、もうちょっと場をわきまえてよね!!」
「へいへい」
「そこ、スペル違う」
「・・・・」
冷や汗を流しながら、優希と紫苑はこの状況を見守る事しかできない事くらい、当然知っているものだが、このカップルはなんというか、・・・・話しを突っ込みにくくさせる作用が出ているらしい。
「芹沢・・・・俺たち、向こうでやった方がよくないか?」
「あ〜、ね。私も今思ったところ」
「(ボソ)・・・・・・・・俺を女王に献上するな」
「何だって?」
「ナンデモアリマセン」
どのくらい時間が経っただろうか。
どのくらい俺は、時を数えてきただろうか。
どのくらい俺はキミから恨まれただろうか。
どのくらい俺は許されているだろうか。
気が付けばもうすでに日はどっぷりと過ぎており、教室にちらほらと勉強していた生徒はほとんど浩介達の騒がしさと、時間の都合により帰宅してしまっていた。
「ねぇ、せっかく私が英語教えてあげてるんだからさ、何か見かえりはあるんでしょうね?」
「え?」
「例えば、夜ゴハンとか」
「ハイ?」
「もしかして、タダで教えてもらおうとしてた?」
「・・・・・(頷き)」
浩介はただただ晴美の言う事に頷き、腕組をして何がそんなに悪いことなのかと考え込んだ。
さすがの紫苑も晴美の性格を知っているだけに、このあとの状況に冷や汗をたらしていた。
「・・・・・・・・・(ムカ)」
ダンッ!!
「いい加減にしなさよね!!私をなんだと思ってるのよ!!」
机を勢いよく叩いた晴美は浩介を睨むなり、荷物を一気にまとめ、ドカドカと音を立てて教室の扉を開くと、
「私はあんたのメイドじゃないのよ?」
そう言って立ち去っていった。
一瞬の出来事に優希も浩介も状況が飲み込めない。
反対に紫苑は晴美の背を見つめ、自分も荷物をまとめ出した。
「芹沢?」
行動に不審を抱いた優希は紫苑の顔を見て、不思議そうにしていた。
「とりあえず、晴美を追いかけるから、後から追いかけてきて」
そう言って、紫苑は晴美のあとを追って駆け出した。
「晴美!!」
「紫苑・・・・」
遠くから聞こえた大切な友達の声を聞き取り、晴美は速めていた足を止めた。
「歩くの・・・・速いよ・・・」
息を切らし、紫苑は晴美の制服の袖をつかんで止めた。
「どうか、したの?」
「どうもしないよ・・・・」
紫苑は晴美の顔を覗きこんで話しかけるが、晴美は紫苑の顔を見ようとせず、タダ俯いていた。
「嘘。どうもしなかったら、どうして顔そむけるの?」
「・・・・・」
「最後の言ってることだって可笑しかったし。浩介くんと何かあったんでしょ?」
紫苑は晴美の一瞬の瞳の揺らぎを見落とさまいと、じっと晴美を見つめていると、晴美は少しずつ話し始めた。
「あたしね、不安・・・なんだよ。浩介と志望が違うし、趣味も好みも違うし、あたしたちって付き合ってないのかもしれない何て思うことがあったり、するの。強く思うんだよね」
「私から見れば、十分おしどり夫婦だと思うけど?」
「・・・・・・カップルなんてただの思い込みにしか過ぎないよ」
「どこが?」
「口でさ『私、あなたのこと好きなの』『うん、俺も好きだよ』って言って、ハイ付き合いましょーなんての多いよ?『付き合ってください』『付き合いましょう』なんてのは口約束なだけで、本当は相手がどれだけあたしのことを思ってるとか、解らないのよ」
「つまり、愛の言葉を囁いて欲しいとか?」
「違う違う。行動・・・・かな。・・・・・・わかんないんだもん、浩介の事。まったく正反対の性格だし、どこが好きとか言ってくれないし、それに」
「それに?」
「浩介は、あたしじゃない人を好きなのかも・・・・」
「え?」
「見ちゃったんだよ。・・・浩介のメイドさんと、抱き合ってるの」
私も紫苑みたいに逃げ場所があったらいいのに―――――
「勘違いだっていってんじゃん」
晴美の沈黙に突如力強い声が辺りに響く。
「一言も言われていないわよ」
「ぅ・・・・」
「だいたい、あたし今あんたの顔見たくないのよ」
「・・・・見ちゃワリィのかよ。会いたいと思っちゃワリィのかよ」
「浩介考え無さ過ぎなのよ。どうしてそんなに能天気なの、どうして・・・・・」
「お前の傍に居たいと思ってどうしてたらずっと居れるか考えてて、お前の話し聞けない時あるけど、考えてないわけ無ぇだろ?」
「・・・・・・・・」
それから、晴美と浩介君の話し合いは続いて居た。
紫苑は、後ろから着ていた優希君を見つけ、席を立つと晴美に視線を送って、優希君のほうへ向かった。
「結局、どんな感じだったの?」
「お互い考え過ぎなのよ。相手の事をさ。いいよね、思い合えるのって」
二人に笑顔を向ける紫苑の姿を優希は見つめていた。
彼女の思いに気づいている今、優希は何も答える事が出来ない。
「オクッテクヨ」
片言の日本語の様におぼつかない言葉。
この時優希は紫苑の笑顔を見るたびに揺れていた。
自分の犯した罪の重さと、傾いて行く心の重さを
時の天秤に架けながら――――――――。