――――『晴美、私やっぱり聞くのが怖い。』
――――『優希君の側に居られないことがとても辛い』
――――『だけどその前に、いつか離れていく事の方が怖い。』
だから、その前に私が一人になればいい。
「何でだよッ!!」
俺の叫びは教室中に響き渡った。
俺の声にクラス中が注目する。
誰も、わからないこの胸の苦しみが、俺と彼女の間で交された絆が
一瞬にして消えてなくなった。
どこまでも続く闇に突き落とされた感じ。
俺の中で彼女に対しての箍が外れかかる。
カイの一周忌が終わるまで待つと決めた。
彼女がカイの最後の手紙を読むまではと決めた意志が崩れかかる。
彼女をこんなに思ってるのに伝わらない悲しみが
胸の中で張り裂けそうになる。
電車で1時間のカイの墓地。
電車に揺られながら俺は空を見上げた。
カイと彼女の父親が死んだ時の空に似てる。
とても、今の気分では嫌いな澄んだ青空。
初夏を匂わせる、夏独特の日差しの刺すようなオレンジがかった、空。
「紫苑・・・どうして」
ふと言葉にする昔の癖。
異国の地での思い出はすべてにおいて彼女が中心だった。
今はもう言えない名前。
時間の流れすぎた今が、痛い。
カイの墓は他の埋葬者に比べ、一見外れた場所にある。
それはカイの遺骨がこの場所には無いから。
すべての肉隗が風と共に消え去った。
そしてそれを示す骨もまた風と共に去った。
ザァ・・・
吹きぬける皐月の生暖かい風が髪を揺らす。
木々と木々の間にあるカイの墓の前にやはり彼女はいた。
「紫苑」
自然と口を滑っていった言葉。
その声に反応し、彼女は振りかえらず俯いていた顔を上げた。
世を見切ったかのような暗い目。
手には俺の上げたピアスと、白い封筒。
「カイが死んで、この先ずっと私の中にはカイしかいないって思ってた。」
「・・・」
「どうして人はどんなに愛していた人がいても心は変わってくのかな?」
「芹沢・・・」
「どうして、ずっと一人の人を好きでいられないの?」
震えていく声がすべて愛しいと思う。
震えていく肩を抱き寄せたいと思う。
泣きそうな彼女に居場所を与えたいと思う。
だけど、それは俺が許さなくて、これはただのエゴだと思う。
「一人の人を好きでいられないのは、自分の翼を探す為だと思う」
「翼?」
「鳥の羽。芹沢はどうして、人は男と女に分かれてると思う?」
「・・・・解らない」
「俺は神様なんて信じないけど、鳥が片翼で飛べないように、
人間も2人で一組の翼を心のどこかで持ってると思う。カイは、芹沢
って言うもう一つの翼で自由になれた。でも、芹沢はカイとは別の翼
を得て飛ぶ事が出きる。それはきっとこの世界中にいると思う」
「・・・なかなか、ロマンティックな返答で、・・・参ったなぁ」
未だに振り向かない彼女。
風が髪を靡かせて通りすぎていく。
再び俯く彼女の視線にはカイの墓標がある。
『19xx−20xx Kai Shindo My beloved son My beloved person
My the best close friend It lies wind and play here
≪我が愛する息子 愛する人 唯一無二の友 風と戯れここに眠る≫』
「カイがね、忘れてもいいって最後に言ったって、言ったよね?
それって本当なの?って思ったこともある。それを記した最後の言葉
なのに、私、カイに忘れられる方が怖いの。それから、誰かが離れて
いく事も。だからカイから貰った手紙、いつもここへ来て開けようって
思うのに、手が震えて開けられないの」
彼女は力なく手の中の白い便箋を握り締める。
俺はその後ろからそっと手を添えて、カイの手紙を手に取る。
紫苑へ と封筒に書かれた紛れもないカイの字。
字が人の人格を表すのはこういうことだと教えてくれるような真っ直ぐで
迷いの無い字。
「読む、勇気が足らないの。だから、読むって決めた以上、読まない訳
には行かない。・・・隣にいてくれる?」
見上げられた彼女の目には少し涙が浮かんでいた。
俺が頷くと彼女は俺が握っている便箋を両手で持ち、
何度か深呼吸をして封を切った。
**********
紫苑へ
この手紙は最後の俺の言葉だって言って渡す事を決めたから、
絶対俺がもうここにはいないと思う。毎日、俺の病室から学校が見える。
毎日紫苑は学校でどうしてるのかを気にしていた。
でも、それももう時間が無いみたいだ。
紫苑は覚えてる?俺たちが図書室で会ったと気の事。紫苑はクラスに
馴染めなくてずっと図書室通いで窓からグラウンドが見える場所で
“風と共に去りぬ”を読んでた。いつもここにいるねって言ったけど、
本当は紫苑がそこにいるってのは知らなかった。
本当に知ってるのは優希だった―――・・・
**********
・・・本当に知ってるのは優希君だった?
と言う事は、カイと私の出会いは偶然ではなく必然だったと言う事?
**********
優希は、紫苑の事を知っていた。そう、それはとても昔から。
俺はとても羨ましいと思った。だって、好きになった人だし。
だけど、俺たちを出会わせてくれたのも、素晴らしい人生をくれたのも
すべて優希のおかげだった。俺は一生かけてアイツに返して
いかなければならないものを返すことは出来ない身体だから俺は言った。
守れよって。俺のかわりじゃなくて、ちゃんとした自分の役割として。
紫苑は優希と会っても覚えていなかったらしいね。
ドイツでのこと。
俺は全部聞いたから、文面を通して話すことも無い。
誠也さんに聞いてもいいんじゃないかな?
紫苑の事だから俺が俺の事を忘れてもいいよって言うと、
どうして忘れなきゃいけないのって言って、ずっと泣いてるんだろうな。
俺は悲しむ顔を見ていたくない。それは誰だってそう。
人は成長していくから、恋をしてしまうから、せめて心の中だけにいて
新しい人を愛することを、俺はお勧めします。
俺って優希の分身だなぁって思うことが時々あるよ。
つまり、それはいつか言った言葉がすべて優希に繋がる事を願った言葉。
それぐらいに俺はこの人生に満足できた。短い分、すべての出会いに。
だから、紫苑も幸せになれ。俺以上に。
死ぬ間際にさ、自分がどんだけ人生に満足したか、俺に教えてよ。
そん時優希が隣に居るかはわかんないけどさ。――――』