何で、私に心をくれた?
どうしてあの時、私が泣いてるとわかったの?
あの日の空は、カイが死んだ時と彼女の父親が死んだ時の空に似ていた。
『今日、紫苑元気なかったね』
『ここんとこ、全然カイの墓に行くような気配すらないしさ、
何か悩みでもあるのかな?優希、お前知ってる?』
教室を出るときに見たあの一瞬。
彼女の目は空に向けられ、とても悲しそうに空に語りかけていた。
俺も廊下の窓から眺めていたけど、やっぱりあのときの空に似ていた。
だから、俺は芹沢が気になって教室で彼女を抱きしめてあげた。
儚い彼女の唯一の場所はいつもここだと教えたかったから。
ボーっとしながら私は優希君からもらったピアスを眺めていた。
私の心の中は複雑ではっきり言って荒れていた。
なぜ、荒れていたのかは自分でもよくわかるから。
『嫉妬』それが私の中を巡り巡っていた。
この気持ちを誰に伝えればいいのかわからなかったから。
今の自分に優希君の心の中を見通すことは出来なかった。
優希君には守るべき人がいるから。
――――『俺が支えたいのは芹沢だよ』
彼の優しい言葉が私の胸を締め付ける。
私はこんなにも弱くなってしまった。
カイだけが住んでいた心に吹きすさぶ風。
悲しみに暮れた末に現れた一抹の光。
それが優希君だった。
だけど、その光は一時私を照らしたけれど、また消えてしまった。
手の中で光るピアスが怪しく輝く。
どうしてこの胸は高鳴るの?希望さえないのに。
どうして私に笑顔を向けてくるの?私のために向けられてないのに。
どうして私と出逢ったの?あの時死なせてくれれば良かったのに。
こんなにもあなたを必要とする心を与えられてしまった。
窓の外。
暗闇で雨がしずくを落とす。
この雨は何の雨?
私の心?それとも、カイの・・・涙?
5月1日。ゴールデンウィークに突入したその日も
学生にとっては普通の平日であって、学校はもちろんある。
翌日の朝、私の目覚めは最悪に近かった。
お母さんは夜遅くまで残業に追われて帰りが遅い。
おそらく、2時間前に帰ってきたのであろう証拠が
お兄ちゃんの起床に関係する。
「おはよう」
「ん、はよ」
お兄ちゃんの家事担当はいつも掃除だけど、
早起きしたときはいつも朝食を作ってくれる。
それは起きた時間にもよるけれど、大抵お母さんが帰ってきたら起きる。
朝食はコーンポタージュにパン、ベーコンの肉巻き、
スクランブルエッグ、海藻サラダ。すベて手作り。
コーンポタージュにいたっては丁寧にコーンをすり潰して作っている。
私より確実にうまい。
極めつけ、今日のお弁当のサンドウィッチ。4種類。
料理に関して私には並より上だけれどもこれには口が出せない。
「あんま、寝れてないって感じがするけど原因はソレ?」
「え?」
お兄ちゃんの言葉に我を戻して指をさされた右手を上げてみる。
その手の中には優希君からもらったピアスがあった。
「・・・」
「悩むのもいいけどね、自分に素直になったほうが一番無難だぞ、」
自分のためには。とお兄ちゃんは目線を新聞に戻す。
社会人2年目のお兄ちゃんは何かを悟ったように私に言った。
「優希が、アイツが紫苑を大事にしてくれるって俺は思うから」
何気ないそして重要な一言。
優希。
そう、お兄ちゃんは優希君をまるで知ってるかのように言って見せた。
「お兄ちゃん優希君を知ってるの?」
「・・・知ってるよ。ずっと前に会ってる」
『ずっと前に会ってる』
「何で知ってるの?」
驚きに押された私の言葉がお兄ちゃんを攻める。
「聞いて、お前がショックを戻さないようになるまでは言えない」
たぶん、アイツも。
自信満々に言い放つお兄ちゃんお言葉に私は焦燥感を覚えた。
ドコでであったの?
私は学校につくまで孤独感を酷く感じていた。
「おっはよ、紫苑♪」
「あ、晴美。おはよう」
朝から元気の晴美が走ってきて私の肩を叩きながら挨拶してきた。
「ん〜?どうしたの、元気ないよぉ?」
「あ、うん。ちょっと・・・ね」
「ん〜?昨日、浩介が長谷川に電話したら長谷川も元気なかったぁっていってたからさぁ、土日で何かあったの?私に話せるなら聞かせてくれる?」
晴美と教室に行くと前後の席である私たちは、席を寄せ合って話した。
土曜日に優希君と出かけて優希君の、
彼女の誕生日プレゼントを買いに行ったこと。
今日の朝知ったお兄ちゃんと優希君の関係。
そして、私のカイに対する裏切りを感じていること。
すべて吐き出した。
誰かに聞いて欲しかった。
私がこんなになるなんて思ってもいなかったって晴美だって思う。
「私、優希君のこと好きになっちゃダメだって、思って・・・」
「ふ〜ん。そんなことがあったんだ」
晴美は机に肘を突いてその上にあごを乗せている。
私は不安を感じてその眼を見つめる。
でも晴美の目は全然怒った風も無く、逆に優しかった。
「あのね、紫苑。私はカイくんをずっと引きずってる紫苑って
すっごく脆くていつか壊れそうだって不安だった。でもね、私は今の
紫苑がちゃんと生きてるって思った」
「どういうこと?」
「つまりカイくんのお墓に行かなくなって、人間臭くなったなって」
「人間臭いって・・・表現がオヤジくさいよ」
「ん〜そうねぇ、だから前は生きてる屍みたいな感じ。
今はちゃんと自分の力で立ってる。それって長谷川が側にいてくれた
からでしょ?どうして、長谷川に彼女が居るからって
離れようと思うの?諦めてしまうの?」
晴美の言葉に私は一瞬黙ってしまう。
ずっと側に居てくれた優希君は優しかった。
この人なら私を救ってくれると思ったし、離れていかないって思えた。
好きだから諦められない。
それはカイのときでだってそう。
でも実際は、
「でも優希君は私じゃない人を選んでる」
「それ、実際本人に聞いてみた?確かめた?」
ズキッ
晴美の返答に私は否定をする。聞いてみたわけじゃない。
だから本当に彼女が居るのかは知らないのが本音。
「じゃぁ、紫苑が聞くの怖かったら私が聞いてあげる。協力する」
「・・・ごめん、晴美」
私は申し訳ない気持ちでたくさんになる。
迷惑をかけてばかり。
気持ちは晴れた気分じゃない。
でも今だけ。
私を許してくれますか?
その日の放課後、芹沢の様子が気になって俺は教室に足を向けた。
だけど、教室には芹沢の姿は無くてただ宮田の姿が見えた。
「宮田。芹沢は?」
宮田に近づいて聞いてみるともう芹沢は帰った後だった。
「今日はカイくんのお墓に行くんだって」
イラ・・・
なぜか感じるこのムカツキ。それはライバルのカイに対してだった。
今でも彼女の心にカイは居る。
死ぬまで離れない存在だと思ってる。
でも、なぜかそんなに思われてるカイが俺にはとてもうらやましい。
そう思っていると、急に宮田が俺の顔を覗いてきて、聞いた。
「ところでさ長谷川、」
「何?」
「長谷川は・・・・彼女いる?」
「何で」
「・・・紫苑がね、」
と宮田は苦笑いをして見せるがどうしてもその笑顔は苦しかった。
「芹沢がどうかしたのか?」
俺が聞くと宮田は沈黙して涙を浮かべる。
「・・・」
――――『晴美、私やっぱり聞くのが怖い。』
――――『優希君の側に居られないことがとても辛い』
「助けてあげて・・・」
悲痛の声にならない声が聞こえた。
『優希、助けてくれ』