home > original works > novels index > 第1部 過去を想う少女
17







君に上げたピアス

ずっと欲しそうに見ていた顔を忘れられなくて、

君がつけたら

きっと似合うだろうと思って

情けないけど、震えた手で渡してしまった。


























コンコンと急にドアをノックされひょっこりとそこに見覚えのある顔が見えた。

「ねぇ、お兄ちゃん。可愛い妹の頼み聞いてくれない?」

久しぶりの休日。

模試もなくて羽を伸ばすために雑誌を開いて眺めていた。

のに、

この猫撫で声。一個下の妹の沙耶。

(・・・また、強請りかよ)

はぁとわざとらしくため息をついてみる。

「何?」

一応聞いてみないと後ですばらしい報復がくることは間違いないから

聞いて置ける分まで聞いてみる。

服を買って欲しい、勉強教えろ・・・どれかだな。

と思っていた俺の頭はなんとなくやる気のない方向へと傾いていた。

「あのさぁ、お兄ちゃんバイトしてるじゃん」

してるさ。大学受験は俺の金で受けたいと思ってるし、受かれば、この家を出て行くつもりだから。

「してるよ」

「私の誕生日のプレゼントは!?」

「はい?」

「だ・か・らぁ〜プ・レ・ゼ・ン・ト!!」

熱弁する沙耶の言い分を確かめるために自分の携帯を開いてカレンダーで確かめる。

(あ、ホントだ・・・もう、4月29日か)

俺は携帯を閉じると沙耶を見て何がいいかと考える。

しかし、まったく浮かんでこない。

「何が欲しい?」と聞くと絶対服というのは勘弁して欲しい。

でも、一応参考だけにでも聞いておこうか。

「・・・何が欲しい?」

「買ってくれるの!?」

「まぁ、一応参考にするだけ」

嬉々とした輝いた顔。

(俺じゃなくて彼氏に強請れよな・・・)

とも思ってしまう自分に自嘲する。

「じゃぁ、お兄ちゃんが探してきて。どうせ来年もらえないだろうし、

 まぁ、わが兄が優しかったという証拠にでも」

そう笑って俺は準備を整えると家を出て電車に乗った。




(しまった・・・何買うか考えてなかった)

そう思うと、俺は携帯を取り出してアドレス帳を開いた。

そこに飛び込んできた彼女の名前。

「芹沢・・・・」

紫苑。言葉にならない言葉で彼女の名前を呟く。

彼女ならわかるかな?



彼女と連絡を取り合ってすぐ。

彼女は彼女のお兄さんの車に乗って待ち合わせ場所までやって来た。

「ごめん、遅れちゃった」

久しぶりの彼女の私服。彼女に似合うコーディネート。

俺はそんな彼女を見て嬉しくなって笑顔になってしまった。

「こっちこそ急にごめん、呼び出して」

「ううん、いいの。暇だったし」

「送ってもらったの?急がなくても良かったんだけど・・・・」

「うん。何か人を待たせるのって気が引けて」

「お兄さん?あの人」

「ああ、うん。5つ離れてる兄」

車の中に見える影。どこかで見たような、と俺の記憶が呼び戻される。

確か、あの人は確かドイツにいるときに見た、

芹沢に常に寄り添っていたあの人だとわかった。










そう、思っていると芹沢に俺の名前を呼ばれて我に帰った。

「あ、ゴメン。何か知ってる人と似てたからつい見てた」

そう言うと芹沢は不安な面影を見せて、俺の顔を覗いてくる。

しかし、その顔はすぐにいつもの芹沢に戻ってしまった。

「・・・・今日、頼みたいことって・・・?」

「そうだ、ホントこれは芹沢にしか頼めないんだ」

今日の本題。いや、たぶん自分の中の高ぶりから行くと、

沙耶の誕生日プレゼントを買うのはついでになっている。

それだけ、芹沢の存在が横にいることが嬉しかったから。

「私にしか頼めない事?」

「そう。あの・・・さ、(沙耶の)プレゼント、選ぶの手伝ってくれない?」

「え・・・?」










俺のいった言葉に明らかに動揺する姿。

もしかして、と俺の中で期待が募るけどそれはないと打ち消してしまう。

それが彼女の中ではとても大きかったことにはこのときには気づかなかった。




一緒に歩くときいつもの彼女の元気がない。

どうしてなんだろうと思っても、浮かんではこない。


彼女はまだカイを心に思いながら、毎日を過ごしているはずだ。

だから俺は彼女を好きになれない。

好きになってはいけない。

見守ってきたから何よりも大切な人だから。


どうにもならないこの想い。



「芹沢?大丈夫?」

「あ、・・・うん。大丈夫。あのね、ちょっと聞いてみたかったんだけど、」

と、彼女が俺の顔を覗いて聞いてきた。

とてもさりげない行動。

でも、確実に俺の心はずっと彼女に傾いていた。

「その、プレゼントって大切な人の・・・?」


―――――大切な人?


俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。

「え、あぁ、まぁ、うん」

自分の無意識の言葉。

心にもないその返事に彼女を傷つけたことを自覚した。

「そっか。どんなものがいいかとか、決めてるの?」

「いや、全然見当もつかなくて出てきてみたけど、

 余計パニくって芹沢に電話した」

何とかして、正したいとばかり思うばかりで思うように言葉が出ない。

「優希君がパニック?」

もう、判ってしまった。無理した笑顔を見せないで欲しいと思った。

守りたいと。カイには渡したままではいない。

この笑顔も俺のものだと、強く願ってしまった今。


「プレゼント上げるのは初めてなの?」

通りを横に並んで歩き、彼女が聞くのはプレゼントのこと。

「まぁ。初めてって言えばそうだなぁ。自分の金で買うのは・・・」

「自分がバイトして稼いだお金ってこと?」

「そうそう。今まで何回もねだられたけど、何も買ってなかったから」

「優しいね、優希君。きっと幸せだよ・・・」





その幸せを芹沢にだけ与えたい。






そう思って彼女を見ていると、ふと彼女の耳に注目した。

ピアス・・・

「どうしたの?」

「あ、何でもない」

「?何か気になるなぁ、言ってよ」

「え?あーうん。芹沢ってピアスしてたんだって思って、小さいけど」

「うん。留学中にね、お兄ちゃんに開けてもらったの」

誠也さん。確かそんな名前だったはずだ。

彼女のドイツ留学中、彼女がいない間に一回家に帰った。

どうしても会えなかった。

きっと、俺と会うと辛い思いでを思い出してしまうから。




そして思考を戻すと沙耶を思い出す。ピアスホール

「そうだ、ピアスホール確か開けてた!」

「じゃぁ、ピアスにする?」




そう言ってやってきたのは小さなピアス専門店。

俺は入ってすぐ決めていた大きさの物を探し出すと、それを即決して買った。

芹沢が今しているピアスと同じ位の大きさのもの。


そう思って芹沢を見れば、何かを熱心に見ている。


(欲しいのかな?)


そう思って、さり気に店員さんに声をかけてみる。


様子を見てもらって、どうやら欲しいのだが持ち合わせがないということだった。

値段を聞いてみると、俺の財布の中身で買える値段だった。




(今日入れてきててよかった・・・)



彼女の注意がそれてる間に、店員さんにそれを買うと頼んだ。

「何か決めた?」

俺が包装を待っていると芹沢はもういいのか、俺のほうによってきた。

「うん。芹沢が今してるくらいの大きさの。それにしても、ピアスって

 結構値段張るよな。この大きさだったらちょっと違う雰囲気出せるかも」

「そうね」

ちょっと複雑そうな顔。

沙耶には芹沢のような雰囲気がないから、

これをつけて大人になって欲しいとも思ったり・・・

「ま、アイツは芹沢みたいな雰囲気はないけど」

「年、いくつなの?優希君の大切な人は」

「大切!?・・・ってわけでもなくはないけど、一個下だよ」






そのお店を出てから、芹沢と話して少しぶらつくことにした。

途中立ち寄った喫茶店で俺は気になったことを聞いてみた。

「芹沢?」

「うん?」

「今月、・・・カイの墓行った?」

俺の視線に芹沢は淋しげな顔をする。

目を合わせては俯きになる。そして、

「ううん、まだ。行く機会がなかったと言うか、ちょっと

 心のモヤモヤ・・・なくしたいかなぁって思うほうが・・・先で、

 こんな気持ちでカイのところに行っても、やだなっ・・・て思っ・・・て」

途切れ途切れの言葉を俺はゆっくり解釈して聞いていた。

「悩み?」

そう聞くと、芹沢はまた複雑な顔をした。

これ以上聞いてみたって何も出ないことくらいわかっていた。

「帰ろっか?」

電車に揺られながら思うことはずっと芹沢のことだった。

すぐ前にいる小さな体。

その体の中にある大きな心に触れてみたいと思った。


キーッ!!


と音を立てて電車が止まる。

その反動で芹沢は俺の方へ倒れこんで来る。

とっさに受け止めた体はとても細くてとても温かかった。

「大丈夫、芹沢?」

「うん、大丈夫」


ずっと昔に守ると約束したのに・・・








「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」

「こっちこそ、連れまわしてゴメン。助かった」

俺が返事をすると芹沢は急いだように俺と喋ることを許すまいと、早めに別れを告げる。

「じゃぁ、そろそろ帰るね。ここまで送ってくれてありがとう」

「え」

芹沢が駅から出ていこうと1歩を踏み出すのを俺は腕を掴んで動きを止めた。

「芹沢」

止めた腕を掴んで引き寄せる。

そして、今日買ったピアスを渡そうとポケットから取り出して芹沢の手にそれを掴ませる。

「何、「帰ってから、見てくれる?」

「どうし「電車来たから。芹沢も気をつけて帰って?」

「え?」

俺はは到着した電車に乗りこんで、彼女の顔を見つめていた。








「好きだ」






その一言を伝えるのはいつだろうか。


その時とても胸が締め付けられるのを感じた。













「お兄ちゃんピアス買ってくれたの!?」

「あぁ」


家に帰れば、あの面影もなく沙耶の嬉々とした顔は変わらない。


「これ、有名なとこだぁ〜。ありがとねv」

「別に・・・」

「うわ、私にそんな顔しちゃって、何なの!」

「何が」

「私見たんだからね。今度、今日お兄ちゃんと一緒にいた綺麗なお姉さんちゃんと紹介してよね」

「え?」






俺の休日はあるようで無いらしい。











update : 2006.03.07
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