home > original works > novels index > 第1部 過去を想う少女
16









「あの人・・・・」






その続きの言葉は何を告げようとしたの?


























「優希君?」

私は何だか不安を感じて彼の名前を呼んだ。

あの人とはつまり、誠也お兄ちゃんの事であって、優希君とどんな繋がりがあるのか私にはわからない。

どうして、こんなに不安と思うのか。

私の知らない、彼の過去。

私の知らない繋がり。

私はこの時初めて、この人のことをもっと知りたいと思った。


「あ、ゴメン。何か知ってる人と似てたからつい見てた」


おそらく嘘でないその言葉が今日は私を締めつけてるとは、絶対に言えない事だと感じてしまった。


「・・・・今日、頼みたいことって・・・?」


いつのまにか隠し事について敏感になってしまった私。


「そうだ、ホントこれは芹沢にしか頼めないんだ」

私にだけ。と言う言葉はとても嬉しい。

それだけ、存在を認められている証拠があるから。

「私にしか頼めない事?」

「そう。あの・・・さ、」











「プレゼント、選ぶの手伝ってくれない?」

「え・・・?」










ズガンと胸を打たれた感じ。ズシンと心に重いものが乗りかかった感じ。

私にはそれが、ショックだっていうことがわかった。


何でショックを受けるの?


問いただすと、答えは素直になれば、心に従って見れば、簡単に出てくるじゃない。




優希君が好き。この人が好き。




でも、・・・・気がついた瞬間、私はこれが報われない事だと思った。

カイを心に思いながら、

カイに心を授けながら、目は優希君を追っていた。

これは罰。

これは罪。

これは・・・・・報復。


どうにもならないこの新たな心。



「芹沢?大丈夫?」

「あ、・・・うん。大丈夫」

忘れてしまうこと。

恋を忘れてしまう事それを知っていると思った人から、

教えてもらえないのがこんなに辛いことだったなんて、思わなかった。

何を期待していたの?

そんな、思いがどんどんあふれ出ていた。


「その、プレゼントって大切な人の・・・?」

「え、あぁ、まぁ、うん」

「そっか。どんなものがいいかとか、決めてるの?」

「いや、全然見当もつかなくて出てきてみたけど、

 余計パニくって芹沢に電話した」

優しい笑顔を見せてくれる彼につられて私も笑う。

「優希君がパニック?」

うん、上手く笑えてる。

きっと優希君には私が心の中で何を考えているのか、気づかれない。

こんな思いをするために、カイは私を生かしたの・・・・?


「プレゼント上げるのは初めてなの?」

通りを横に並んで歩きながらさり気ない私の詮索を入れる。

女という生き物が相手に悟られないようにする為に備え付けられた知恵。

優希君が選ぶ子なら、きっととてもいい人。

「まぁ。初めてって言えばそうだなぁ。自分の金で買うのは・・・」

「自分がバイトして稼いだお金ってこと?」

「そうそう。今まで何回もねだられたけど、何も買ってなかったから」

「優しいね、優希君。きっと幸せだよ・・・」

優希君の言葉一つで私の胸は締め付けられる。

あぁ、こんなにもこの思いは育ってしまっていたんだと

思い知らされてしまう。カイだけだと思っていたのにも関わらず。

ふと横に並ぶ優希君に顔を向けるととても不思議な顔をされた。

でも、その顔はすぐにいつもの優希君へと変わってしまう。

「どうしたの?」

「あ、何でもない」

「?何か気になるなぁ、言ってよ」

「え?あーうん。芹沢ってピアスしてたんだって思って、小さいけど」

「うん。留学中にね、お兄ちゃんに開けてもらったの」

私は穴の開いてる方の耳を触りながら、優希君に言う。

それを見た優希君は何か考えついたのか「そうだ」と言い出した。


「ピアスホール確か開けてた!」


「じゃぁ、ピアスにする?」




そう言ってやってきたのは小さなピアス専門店。

私も何か新しいピアスに買えようと思って見ていた。

でも、気に入ったヤツはすべて結構なお値段だった。

これは仕方ないと思って、結局諦めざるをえなかった。

その頃優希君は大切な彼女のために、一つ私が今しているピアスと同じ位の大きさのものを買っていた。


「何か決めた?」

「うん。芹沢が今してるくらいの大きさの。それにしても、ピアスって

 結構値段張るよな。この大きさだったらちょっと違う雰囲気出せるかも」

「そうね」

「ま、アイツは芹沢みたいな雰囲気はないけど」

「年、いくつなの?優希君の大切な人は」

「大切・・・ってわけでもなくはないけど、一個下だよ」

アイツ・・・そう呼ぶ優希君に私は酷く驚いた。

そして、一個下だけど、優希君を一人占め出来ることをとても羨ましく感じてしまった。

そのお店を出てから、少しぶらつくことにした。

改めて私は優希君の周りにある雰囲気に目を向けた。

行き交う人々が優希君を見て通りすぎる事。

今は私が隣だけど、彼女も一緒だったら、さらに注目を浴びるんだろうな。

「なぁ、芹沢?」

「なに?」

私はちょうど、ペットショップの前でウィンドウに置かれていた犬を眺めていた。

「何か、スゴイここ居心地悪い・・・」

優希君の一言に私は周りを見渡すと、なぜか人だかり。

行き交う人々の目線が合う。

何で?

「お腹すいたし、どっか食べに行こう?」

「うん」

そう言ってやって来たカフェテリアは窓側の席に通されてやっと一息がつける場所になった。

「優希君、どんなピアス買った?」

「んー、芹沢くらいの大きさで、コレコレ」

と、ポケットから取り出して見せてくれた。

ラッピングしてある袋から取り出すと、それはとても綺麗なファントムクリスタルだった。

「欧州で4月の誕生日の人に人気があるヤツだね。

 私のドイツで出来た友達が言ってた。」

「そうなんだ?俺全然わかんねぇ」

「ちゃんと上げなきゃね」

お手上げ状態で言った優希君を見るのはとても辛かった。

どうして、彼と出会ってしまったの?

どうしてカイはいないの?

どうして恋をするの?

頭の中メチャクチャ。

「芹沢?」

「うん?」

「今月、カイの墓行った?」

「ううん、まだ。行く機会がなかったと言うか、ちょっと

 心のモヤモヤ・・・なくしたいかなぁって思うほうが・・・先で、

 こんな気持ちでカイのところに行っても、やだなっ・・・て思っ・・・て」

「悩み?」

そう首を傾げて優希君は私の顔をのぞき込んでくる。

そんな顔しないで欲しい。

私を心配しないで欲しい。

私が頼ってしまう。求めてしまう。

好きだから、諦められないけれど、諦めなきゃ前に進めない事だって解ってる。

私は結局曖昧な顔しか返せない。

「帰ろっか?」

電車に揺られながら思うことはずっと優希君のこと。

お父さんとカイ以外にずっと思う人。

どうして、こんなに好きになった?

どうして後戻りにする事が出来ない?


キーッ!!


と音を立てて電車が止まる。

その反動で私は優希君の方へ倒れこんでしまう。

力強い腕に支えられた私の胸は衝撃的に弾み出す。

報われない恋なのに。弾み出す心が止められないなんて。

「大丈夫、芹沢?」

「うん、大丈夫」


本当はこの腕を離さないで欲しい・・・





今日の終わりと共に私は「失恋」を体験した。

死に別れの失恋ではなく初めての、「失恋」。

少しだけ、この腕に包まれながら肩を振るわせる。

戻れるなら、出会う前に戻りたい。

何も知らずにいられたあの時に。


「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」

「こっちこそ、連れまわしてゴメン。助かった」

優希君の笑顔はとても穏やかで、私も今日何度目かの笑顔を見せる。

あまりここで立ち話をするのは良くない。

私は優希君と喋ることを許すまいと、早めに別れを告げる。

「じゃぁ、そろそろ帰るね。ここまで送ってくれてありがとう」

私は駅から出ていこうと1歩を踏み出す。

これ以上一緒にいたら何をするか私にはわからないから。

1歩ずつ進んでいく私の後ろで、「え」と短い返事をした優希君が私の腕を掴んで動きを止めた。

「芹沢」

私を呼んで止めた腕はしっかりと私を掴んで引き寄せる。

そして、ポケットから何かを取り出して私の手にそれを掴ませる。

「何、「帰ってから、見てくれる?」

私の声とかぶった優希君の声が少しだけ震えている。

私はそれに従って彼の顔を見るととても不安げな顔。

「どうし「電車来たから。芹沢も気をつけて帰って?」

「え?」

そうやって何が起きたのかわからない別れを交わすと、

優希君は到着した電車に乗りこんで、私の顔を見つめていた。


手に残ったのはあのお店の袋。

中身はやっぱり小さなピアスだったけど、でもそれは




私がお店でずっと欲しいと思って眺めていたピアスだった。




どうして・・・?













私は出口のない迷路に迷い込む小さいこのように



不安にさいなまれ







答えのない恋を思いつづけていくのだろう。














update : 2006.03.07
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