なぜか勝手に足が動いていて、辿り着いても何をするかも解らないのに
何となく泣いてる気がしたから
傍にいたいと思っただけだ。
無我夢中で走っていた。
傍にいて何をしたら良いのかも解らないのに。
傍にいたい気持ちだけが、
俺を走らせていたのかもしれない。
浩介達があんな事を言わなければ、
俺はただその場をやり過ごしていたかもしれない、と。
息が切れ切れになってまで走るのは何でだろう。
彼女の悲しむ顔を見たくないのは何でだろう。
カイの墓に行く彼女を見るとイライラするのは何でだろう。
『支えたい人がいるんだ』
そう言って、俺に好意を寄せてくる人達を避けてきた。
確かに俺の中には支えたい人がいる。
親友が命を懸けて愛した人。
儚い笑顔を浮べる彼女。
彼女が一人で立てるまで俺自身の手で支えたいと思った。
カイが俺に彼女を託したその日から。
教室に飛びこんで芹沢の名前を呼ぶ。
息が上がってまともに喋れない自分に芹沢は驚いたように俺を見た。
「優希・・・君?ど・・・して」
俺は彼女の質問に答えられない。
俺自身がなぜこの場所にいるのかもわからないから。
ただ言える事は
「何か・・・・」
汗を拭っても吹き出す熱。
「泣いてる、気が・・・して、急いで、走っ・・・て来た」
途切れ途切れの言葉に芹沢は驚くだけ。
それもそのはずだろう。
理由が無いんだから。
「何で・・・・わかるかな・・・・」
芹沢ははにかんだ笑顔を見せてとても悲しそうな顔をした。
ただ、何かを思って悲しそうに。
でも、俺は判るんだ。
解るんだよ、芹沢。
「知ってるから、芹沢を」
「解るんだよ」
たったその一言。
とても意味深い言葉。
俺が彼女を知る理由。
俺の記憶の中に残るその子は、いつも遠くから見るしかなくって、
直接話すことが出来たのは、彼女のお父さんの葬式の時だった。
彼女は蛻(もぬけ)の殻のようになり、また母親も同様に途方にくれていた。
彼女が愛した父親。
叶わぬ恋だと知っていても、心から愛していたこと知っている。
それから逃げるようにして日本へ帰り、ドイツで姿を見ることはなくなった。
次に彼女の姿を見るのはそれから5年の月日が流れた。
俺が日本へ帰る日。
中学2年の冬。
俺は日本の高校に入学するために一人、帰国の準備に追われていた。
きっと彼女は覚えていないだろう。
俺たちの出会いを。
でも、俺は一人心の片隅にあの時の再会を覚えている。
決して俺から言う事ではない。
ただでさえ、父親のなくなった土地。
心の平安は1本の糸に託されたままだから。
2年後、高校に入学して初めて知った事実があった。
俺は入れ違いで彼女と日本にいる事。
ドイツ留学から帰ってきた彼女を見た時、俺はすぐに解った。
それから何日かして、図書室でサボって本を読み漁っていた。
日本に帰って来て中学をカイと浩介と共にして、
俺はカイの治らぬ病をきっかけに話せるドイツ語を活かして
医者を目指していた。
本当のきっかけは違ったかもしれない。
でも、もう誰かの悲しむ顔を見たくなかったことも事実だった。
その為には今持っている知識では足らない。
自分で学ぶしかない。
そこで見つけたのが彼女だった。
とても寂しそうな表情をしている彼女が忘れられなかった。
『悲しい顔をしないで、シオン』
胸に響くあの時の会話。
『僕がシオンの傍にいるから。守ってあげるから、泣かないで?』
遠い日の約束が目の前に立っていた。
でも、約束は別の形として現われる事となる。
彼女の気を紛らわそうと送りこんだカイと彼女が恋に落ちた。
あのカイが短い余命の間に彼女を愛した。
俺は彼女を好きだけど、カイが人を愛することができた事の
喜びの方が大きくて、むしろ受け入れた。
幼い頃から彼女を見てきた俺は遠くから見守るだけの存在だと思っていた。
でも、俺の目は自然とずっと彼女を追っていた。
この事をカイに知られる事は無いと思っていた。
これは恋ではないと思っていた。
けど、カイが入院し、とうとう立てなくなったと聞いた時、
俺は彼女を避けるようにしてカイの見舞いに行った。
カイが彼女を愛していると手に取るように解るから。
また彼女も・・・・
しかし、カイは気づいていたのかもしれない。
俺の深淵の中に閉じ込められた部分を。
ずっと人の気持ちに敏感なカイだたから。
「あの言葉」を託したんだと今はそう思う。
『優希、俺がいなくなったあと紫苑のこと守れよ。絶対、守れよ。俺、知ってるから、優希の本当の気持ち』
『本当の気持ち?何だよ、ソレ』
『・・・俺に紫苑を託したのは、お前なんだからな。そこ気づけよ』
『意味がわからないんだけど』
『ずっと見てたから知ってるんだよ、俺は』
『何を』
『お前だよ!!はぁ。・・・ありがとな、優希。紫苑に逢わせてくれて、ありがと』
託された思いは何て重いんだろう。
芹沢はまたあの時のように蛻の殻となってしまった。
なぜ繰り返してしまうんだろう、彼女の運命は。
『僕がシオンの傍にいるから。守ってあげるから、泣かないで?』
まだ、果していない約束を俺はちゃんとやり遂げたいのか。
カイ、俺は芹沢を支えるよ。
ずっと見てきたから。
彼女が一人で立てるまで
俯かずに
一人で泣かなくなるまで
俺が支えてあげよう。
『・・・俺に紫苑を託したのは、お前なんだからな。そこ気づけよ』
気づいてるさ。
「追憶」の花言葉をもつ名の人を想う。