「私の家ここなんです。」
「え、ここなの?」
私が指差したアパートを彼は見上げてから私を見た。すると彼は、辺りの道を見回して、何かを確認していた。
「俺が借りてるマンションもこの辺りだよ。」
「え!?・・・近所だったんですか?」
「うん。あそこの角のマンション。」
そう言って彼が指差したのは、私のアパートから道2本先の7、8階建ての結構大きいマンションだった。私はその近さに驚いて、彼の顔を見上げて感激の表情を浮べた。
「そうだったんですか!!てか、あそこ借りてるんですか?」
「まぁ、あそこで仕事もしてるしね。」
微笑みながら私に告げる彼を見た私は、それに胸を少し弾ませて気づかれないように目を反らした。
「てか、この辺の道、日が暮れるとすげぇ暗くない?夜、バイト終わったらいつも1人で帰ってるでしょ?危なくない?」
急に何を言い出すのかと思えば、彼はこの辺りの街頭の少なさを心配してか、私に向かって尋ねて来た。
「あ〜・・・はい。実は帰るときはいつもヒヤヒヤしてます。」
私が苦笑しながらそのことを告げると、「だろ?」と何やら複雑そうな顔をして、私に視線を合わせてきた。
私はそれから逃れるように、作り笑いを浮べて見せた。
「でも、私に襲ってくる人なんていないし、大丈夫かなぁって。」
「・・・・・」
私が言うと彼は何だか溜め息をついて、手を腰に当てて俯いた。
「俺スゴイ不安なんだけど。」
それは何を意味しているのか、私には全然真意が見えてこなかった。
「・・・・そうですか?」
そう尋ねた私の質問に彼は、何を言い出すんだとばかりに私の顔を凝視してきて、真剣な顔つきで大きく頷いて見せた。
「うん。いつもなんだけど、気が気じゃないんだよ。」
直輝さんの言葉に、私はこの人は他人の危険まで心配できる、とても優しい人なんだなと思って感動した。
「直輝さんって優しいんですねェ。私みたいな他人にまで、こんなに親切に心配までしてくれるなんて。」
そう私が言うと、彼はバッと俯いてた顔を私に向けてそして、なぜか判らないけど、驚きプラス怪訝さ・・・・を交えた表情を浮かべた。
「・・・・若菜ちゃん。もしかして判ってない?」
「え?何をですか?」
「どうして、俺がここまでして若菜ちゃんの心配するのかとか。」
直輝さんが私の顔を覗き込むその仕草は、何だかとても私をドキッとさせるもので、今まで落ちついていた鼓動が一気に跳ね上がって、顔が赤面した。
それと同時に、私は直輝さんがなぜそこまで言うのかという事さえ考えられずに、ただじっと彼の顔を、瞳を見つめていたと思う。
「・・・・その顔、ホント反則。」
ポツリと呟いた直輝さんは、私の開いていた手を取って握り締めると、強く彼のほうへと引っ張った。
その衝撃に、私は彼の胸の中に引き込まれて、何がなんだか判らないうちに唇を彼に奪われた。
・・・何が起きてるのか判らなくなるほど、頭の処理能力は低下している。
唇が触れていたのはちょっとの間だったと思う。
唇が解放されて、彼はキスの後にボソリと私の耳につぶやいた。
彼の唇の温かさは離れた後もそこに残っていて、私はボーっと彼を見つめると、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
「嘘・・・・」
私は1人驚いて彼を見上げると、彼は今までの羞恥心からか、私がわかるほどに顔を赤面させて、頭を少し掻いては私の顔を見てはにかんだ。
彼が私を心配する理由。それは、
『好きだから』
耳元で囁いた、たった一言の優しい告白。
今まで味わったことのない、甘い甘いキス。
私が気になる人は、雨の日にしか現われない。
私の胸をときめかせる人は、とてもとても甘い。
ねぇ、
これって私と貴方の関係は、
雨の日だけじゃないってこと・・・・?
目の前に立ってる、雨の日にしかやってこない彼は、私に優しい恋の魔法をかけた。
――――Wakana side fin.
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