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Wakana side3

 彼は明るく笑顔で私に言うと、そのケーキを傍らに置いて読書のつまみとして、フォークに指しながら嬉しそうにそれを食べてくれた。



 刻々と時間は過ぎていって、今日もまた私のバイトの終了時間が来てしまった。
 秋分をとっくに迎えた空はどっぷりと、太陽の存在を否定するかのように暗い闇を落としていた。雨の上がった外はひどく湿気を帯びていて、そこにいるだけでとても不快だった。
 私が時計を見て終了時間を確認すると、ちょうど本を読み終えた彼と目が合ってしまった。

「あれ、終わり?」
「え?あぁ、はい。」
「帰り、一人?」

 あまりにも私が彼の存在に気が引かれていたのか、まったくその言葉を理解できずに、私はボーっと彼を見上げて黙っているだけだった。

「若菜ちゃん?」
「え?」

 初めて彼から名前を呼ばれた私は、一瞬誰のことか判らずに彼を見た。

「帰り、一人?」

繰り返された言葉を今度はちゃんと理解して、私は肯定するように首を縦に振った。
それを見た彼は外の様子を見て、腕にはめていた腕時計を見ると私のほうに顔を向けて言った。

「外だいぶん暗くなってるし、この時期の一人歩きは危険だから送るよ。」
「・・・・え!?」

 彼の言葉を理解した私は、彼が言った言葉そのものに驚きを隠せずに彼の顔を凝視した。
 彼は私を見てその申し出の返事を待っているようにして首を傾げていた。

 ・・・・私、どうすればいいの?絶対、心臓が途中で飛び出ちゃう。
 私の不安とは反対に、彼は微かな笑顔を浮かべて私を待っていた。

 人の良心として、人を待たせるべからず。
 人の良心として、人の厚意はありがたく受け取る。

 私のポリシーその2と3の発令だ。
 私は彼の言葉を素直に受け取ると、急いで身支度をして帰宅する事を理恵子さんに告げた。
 すると、私の見送りをしようと理恵子さんは、私の後ろをついてきて、カウンターに出ると目の前いる彼の存在に、いささか怪訝な顔を浮かべた。

「何で、直輝くんがいるの。」

 それはひどく、理恵子さんには不機嫌で低い声だったかもしれない。
けれど、彼はそれに怯むことなく理恵子さんを見据えたあと、鼻で笑うかのようにして見せた。
 でも、私はそんな2人の争いにも気がつかず、帰宅する最終確認をして理恵子さんを見た。

「じゃぁ、理恵子さん。お疲れ様でした。」
「・・・・あ、今日も1日お疲れ様でした。じゃぁ、気をつけて帰ってね。」
「はい。」

 理恵子さんは私に笑顔を浮かべて、声をかけると一瞬だけジロッと直輝さんを睨みつけ、事務所の中へ入っていた。
 それから、私は先に外に出ていた直輝さんの元へ駆け寄ると、二人横に並んで家路への道を歩き出した。

 横に並んで気づいた事。私が彼の顔を見上げてわかったけど、彼の身長は180センチ近いんじゃないかと思う。それから、思っていたよりも細身で、思っていたとおり足は長かった。
 私と彼のコンパスの長さ(足の長さ)は違うはずなのに、彼と私の歩くスピードは同じくらい。つまり、彼が私の歩く速さに合わせてくれてるってこと。だから、私が彼の顔を見上げると自然と目が合う・・・というなんとも照れくさい展開をかもし出している。

 そう思うと、やっぱり自然と心拍は速くなっていって、いつしかはちきれるんではないかと思うくらい。
 私は完璧に彼に恋をしていた。

 バイト先から私の住むアパートまでは、それほどの距離はない。
 バイト先から家までは歩いて30分。それなりのいい運動でもある。

「突然なんですけど、私たち全然自己紹介してなかったですよね。」

 お店を出て数十メートル進んでから、私は直輝さんに言った。すると彼は、私の方を見て少し微笑んで見せると、「そういえば」とはにかんだ。

「俺は、北条直輝って言うの。若菜ちゃんは、苗原さんだよね?理恵子さんからよく聞いてる。」

 呼ばれた私の名前と、よく聞いていると言うその事実に私は胸をときめかせつつも照れてしまった。

「はい、そうです。」
「製菓・・・卒業ってことはさ、ん〜・・・20歳?」
「いえ、私誕生日が3月だから19なんです。」

 私が、直輝さんの質問に答えるようにして言うと、彼は少し目を見開いて私を見た。

「19!!若ぇ〜。俺なんてオヤジじゃん!!」
「え〜?直輝さんはいくつなんですか?」

 彼と私の間に和やかな雰囲気が湧いてきた頃合いを見計らって、彼の言い分に私は疑いつつさり気なく、彼の年齢を聞いてみた。
 私の今までの観察から行くと、20代前半。私と1、2歳しか変わらないかもしれない。

「24。」
「嘘!!」
「え?!」

 返って来た返事はあまりにも意外性を含めていて、私は彼の言葉が信じられなかった。

「だって、私と1、2歳しか変わらないと思ってた!!」
「マジかい。あ〜でもねぇ、俺姉貴がいるんだけどよく童顔って言われてるから、俺もその血が混じってるのかも・・・・」
「お姉さんがいらっしゃるんですか?」
「うん。2つ上のね。その姉と理恵子さんと、もう1人いるんだけど、その人が高校の同級生でよく家に遊びに来てて、よく知ってるんだ。」
「へぇ。」

 その事実を聞かされると、私はなぜか自然と理恵子さんと直輝さんが仲がいいのがわかった気がした。

「んで、俺経由で理恵子さんと圭斗さんをつき合わせて2人はめでたくゴールインなの。」
「へぇ。・・・ん?圭斗さんとはどこで?」
「さて、どこでしょうか。」
「え゛っ・・・ずるい。」

 私が、軽く直輝さんを睨んで見せると彼は軽くそれを微笑んで受け止め、「その話はまた今度。」と言ってはぐらかした。
 私は納得ができなかったけれど、もうすぐそこが私の住むメゾネット式のアパートだった。
 帰り道の30分は彼がいるだけで大違いの速さだった。
 いつも帰る時、ここまでの道のりは暗くて危ない。
 だから、いつもヒヤヒヤして帰る。けれど今日はすごく、隣に彼がいるだけでも胸が温かかった。


update : 2007.01.23
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