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Wakana side2



「お待たせしました。」

 そう言って、カップを差し出す手が、微かに震えているのが自分でもわかった。

「ありがとう。」

 優しく響く彼の声が、自然と私の心に染み込んできて慌しかった心拍は収まりつつあった。
 理恵子さんは、私がモカを作っている間にささっと、注文を受けたケーキと紅茶のセットをお盆に乗せて行ってかえって来た。

 私的に、理恵子さんは結構働き者だと思う。私よりも7つ年上の26歳で、もうすぐ子供が生まれる。圭斗さんが30歳だから、そろそろ子供が欲しいと言ってた、夏のある日。理恵子さんは私とショッピングにいった途中で気分が悪くなって、道端で倒れた。すぐに救急車で運ばれて、検査を受けた時に妊娠4ヶ月目だって産婦人科の先生から告げられた。
 理恵子さんはつわりがとても軽くて、本当に細かいことに関しては無頓着(・・・私には執着してるけど)な部分が多々見られる。そんな人だから、妊娠には気がつかなかったらしい。で、圭斗さんにそれを伝えると、泣いてよろこんでたっけ?
 だから、何となく、私は2人を羨ましく感じてしまう部分がある。

「ねね、直輝くん聞いてよ。」

 理恵子さんが親しげに、彼、直輝さんに声をかけた。
 彼は、読んでいた本から顔を上げて理恵子さんを見ると、何だか・・・・人が一瞬見ても判る、嫌ぁな顔をして見せた。
 それを見た理恵子さんは、「うわ、なにそれ!?」と直輝さんの顔を指差して叫んだ。

「理恵子さんに呼ばれると、あんまりロクな事がないっしょ。」
「それ、私に言ってもいいと思ってるの?逆らうとどうなるか、判ってるのよね。」
「・・・・っ」
「で、返事は?」
「・・・・・ハイ。」

 あまりにも、渋々と答えている気がしてならなかった。
 ・・・・て、手懐けられてる。
 羨ましい。と、私は心の奥底で思ったと思う。そして、どうして理恵子さんはそこまで、彼を手懐けてるのかを知りたくなった。

「・・・仲、良いですね。」
「でっしょー?」
「良くない。」

 ポツリと私が呟くと、2人は私の顔を見て、声をハモらせてそれぞれに言って見せた。直輝さんは良くないと必死に私にいって、理恵子さんは嬉しそうに私にいったけど、直輝さんの言葉にキッと彼を睨んでいた。

「理恵子さんみたいな女王陛下は、圭斗さんが面倒見るだけで十分だって!!」
「なにぉう!?」

 そういって睨み合った2人の間には、バチバチと火花が飛んでいて、気づいているかもしれないけど、相当本題から話がそれていると思う。

「直輝くん知ってる?例の。」
「え?」
「直輝くん、聞きたいらしいけど、さっきの態度を見てたら私、気が変わっちゃったわ〜。もう、お〜しえないっ!!」
「えぇ!?」

 理恵子さんの愉快な声が店内に響いて、それから何やら焦っている直輝さんは、冷や汗をかいて理恵子さんをなだめていたけど、それも虚しく、理恵子さんは・・・・こうと決めたら曲げない人だから、口を閉ざしてしまった。
「ただし、手引きはしてあげるわ。」そう、言い残して。

 私はただ判らず、2人を交互に見やって事の成り行きを眺めていた。すると、急に理恵子さんは私のほうに向き直って、私の右腕を理恵子さんの左腕に絡めて、誇らしげに直輝さんに言い放った。

「いつまでも、行動に出さなかったら、その位置のまま終わっちゃうわよぉ〜。おほほほ。」

 それを見た直輝さんは、悔しそうに理恵子さんを睨みつけると、次に私の方をチラリと見て、ぱっと視線を逸らした。

・・・・私、彼を不快にさせることしたかな?

 まぁ、それから理恵子さんと直輝さんの小さな争いは、一通り終わったらしく、私は・・・まぁ、常連だから直輝さんに私の新作ケーキを食べてもらおうと決意した。

 思い立ったら早行動。これ、私のポリシーの一つなんだけど、私は一端事務所の方に引っ込んで、奥の工房から冷やしてあった新作ケーキを切り分けてそれをお皿に乗せた。
 慎重に仕上げのデコをすると、フォークをそえてカフェへと戻った。
 すると、理恵子さんは入ってきたお客さんの相手をしていて、カウンターにはおらず、その周辺は私と直輝さんしかいなかった。
 まぁ、ある意味チャンスなのかもしれない。

「あの」

 私は勇気を振り絞って、本に集中している直輝さんに声をかけた。
 彼は私の声に反応してすぐに本から目を離し、驚いたように私のほうに顔を上げた。

「え?」
「あ、本読んでるのにゴメンナサイ。」
「・・・あぁ、いいよ、別に。何か?」
「えっとですね、ちょっと頼みたい事っていうか、提案が・・・あって。」
「俺に?」
「はい。まだ店頭に並んでない新作ケーキがあるんですけど、食べませんか?」
「俺が・・・いいの?」
「ええ。まぁ、常連さんのよしみで。甘いもの、平気ですか?」
「あ、うん。大丈夫。」
「これなんですけど、冬限定のアールグレイとオレンジのシフォンです。」
「アールグレイとオレンジ?」
「はい。やっぱり冬ってチョコケーキが多いから、チョコケーキが増えるのは当たり前なんですけど、私似たようなもの作るのってつまらないなぁと思って。」
「ふーん」

 私がケーキの説明を一通りし終えると、彼はケーキにフォークを突き刺して、それを一回眺めると口に運んで味わった。
 私は何だか、私のケーキを食べている彼を見ているのがとても恥ずかしくて、しばらくの間俯いていたと思う。
 
「おいしい・・・」
「え?」

 突如聞こえた彼の声を私は聞き逃して、尋ねるようにして彼の顔を見上げた。

「ん、すげぇおいしいと思うこれ。」
「本当ですか!?」
「うん。甘さは、俺的にはもうちょっと控えめでいいと思うけど、女の子とかはこのくらいの甘めがちょうどいいんじゃないのかな?それから紅茶の風味とか、さり気ないオレンジの味とか、俺スゲェ好きだよ。」
「!!」

 笑顔で言ってくれる彼の"ケーキに対する感想"はとても嬉しかったけど、私は彼の言った言葉の後半部分でなぜかひどく反応をしてしまったと思う。
 まったく、私重症なのかもしれない。
 彼の"好き"って言う言葉に私は心臓をはやらせるのだ。

「・・・・ありがとう、ございます。」
「んーん。いいよ。いい物食べれたし。」

 彼は明るく笑顔で私に言うと、そのケーキを傍らに置いて読書のつまみとして、フォークに指しながら嬉しそうにそれを食べてくれた。


update : 2007.01.23
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