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Wakana Side

 私が大好きな、しとしとと雨を降らせる秋雨模様。
 外の灰色な雰囲気に、ただ赤と黄色とオレンジの紅葉色を身にまとって、色鮮やかに街の隅に佇むカフェがある。
 Cafe:Leise・・・ここは私が、製菓の専門学校に通っている頃から、お世話になっているバイト先。労働年数は4年(理由があって、実質は2年なんだけど・・・)。結構バイトの割には時給もいいこの場所で、ある条件が揃うとある出来事がやってくる。

 決まった時間に来店して、決まった席に座る人。

 私はこの人がとても気になっていた。


 私、苗原 若菜(なえはら わかな)は、19歳の製菓短大2年生だ。中学を卒業して商業高校に入学した私は、経済を学ぶ一環として、もともと好きだったケーキ屋さんにバイトとして入った。そのお店のケーキは絶品で、来る人来る人が「カフェだったら、絶対通うわ」という葉っぱをオーナー(っていうか、この場合マスター?の圭斗さん)にかけて、その気になった圭斗さんは2年前にこのカフェをオープンさせた。・・・・だから、実質は2年なの。
 私は引き続きこのお店のバイトとして雇ってもらえて、ケーキが目当てだったバイトの人とか、従業員の人とかは・・・・まぁ、それとなく去っていった。
 お店で働いているのは、大体が圭斗さんと奥さんと私。私は、高校卒業してから製菓に入ったから、パティシエではあるんだけど、フロアの仕事を主にしている。
 チェーン店のようなカフェではない、さり気に人の温かさを感じさせるこのお店では、コーヒーは豆から引いて、お水にもきちんと気を使って豆にあったものでなければならない。そう・・・・それを極めたのが私だからだ。
 奥さんの理恵子さんもコーヒーを淹れるときがある。けれども理恵子さんは必ずといって良いほど、横に私を連れている。そうしなければ不安なんだって。
 でも、私は理恵子さんが淹れる紅茶が大好きだ。ケーキ屋さんだったときも、私と理恵子さんは休憩中にコーヒーと紅茶を淹れて一服していたことがあった。
 その横にちょこんと沿えてある圭斗さんのケーキが、堪らなくおいしく感じられた。そう、・・・・「カフェをオープンさせるには打ってつけな組み合わせ(タッグ)ね!!!!」理恵子さんの言葉を借りると、こう表現されるんだろうな。

「わ・か・な・ちゃ〜ん!!」

 一文字一文字区切って、後ろから跳びついてきたのは理恵子さん。私がコーヒーを淹れている時に、こうやって跳びついてくるのが、最近のマイブームらしい。

「若菜ちゃん、あの事考えてくれた?」
 
 あの事。
 それは2週間前。私は、製菓を卒業したらここで従業員として働かないかという薦めを理恵子さんからビッグニュースという題で告げられた。
もちろん、それはOKに決まってる。だって、好きな場所で、好きな仕事ができるんだから。

「・・・あれ?私、理恵子さんにちゃんと言ったと思うんだけど。」
「あぁ、お仕事採用の件はわかってる。そうじゃなくて、この前の飲み会で言ったじゃない。」
「え?」
「あ〜、その反応。・・・・忘れちゃってるよぉ。」

 1人納得してしまっている理恵子さんの動作に私は何が何だかわからずに、ただじっと理恵子さんを見ていた。
 そして、外を見ていると、まだぽつぽつと雨を降らせていた。

 雨。今日は、あの人来るのかな・・・。

「若菜ちゃん、何か見える?」
「え?」
「何か、ボーっとしてたから。」
「いえ、なんでもないですよ?ただ、」
「ただ?」
「雨、まだ降ってるなぁと思って。」
「あぁ、雨ね。」

 そう、理恵子さんに言ったとたん、ガラス張りの壁の向こうから、あの人が歩いてくるのが見えた。
 それを見た私は一瞬息を詰まらせた。
 私の視線に気がついた理恵子さんは、私が向いている方を目でたどって、納得したようにして微笑んだ。

『カランカラーン』と、音を立てて開いたガラスドアから、彼が現れて理恵子さんはいつものように、「いらっしゃい」と明るく言った。

 彼はドアから入ると、いつものようにして店内を見まわした後、いつも座るカウンターの右隅へ足を運んだ。手には、これもいつものように本を2、3冊抱えて。

「すみませーん。」
「モカください。」

 店内の奥から聞こえてくる、おばちゃんが注文する声と、彼がいつもここに来て頼む『モカ』と発した声がちょうどかぶって聞こえた。
 私はただ、彼を目の前にして呆然としていて、頭の思考力がゼロだったんじゃないのかと思うくらいに、動きを止めていたと思う。

「若菜ちゃん、『モカ』。」
「え?」
「直輝くんからの注文でしょ?」
「あ、はい。」
「私が注文取りに行くわね。」

 理恵子さんは少し微笑んで、カウンターから出ていくと『しっかり!!』というジェスチャーをして見せた。
 私はモカを頼んだ彼の方を見ると、彼はどうかしたのかというような顔をして私を見ていた。
 私は彼に見られているということだけに、恥ずかしさを感じて、失敗しないように豆を入れて挽き、慌しく跳ねる心臓を落ちつかせた。
 最初はゴリゴリといった、挽くのにもちょっと力を要する動き。
 彼の整った顔に存在する漆黒の瞳を宿した大きな目には、今の私はどんな風に映っているんだろう?



update : 2007.01.23
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