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愛唄。1

―――――涙なんか流したくないよ 君を見失いたくないから


 ある日のことだった。その日は伊織くんが1日オフの日で、ちょうど私の家に来てくつろいでいた時のこと。
 それは急に鳴り響いた。

『ピンポーン』

 私はちょうど、お昼ご飯の準備をしにキッチンに立っていて、伊織くんはテレビのチャンネルをかえながら、私の作業をチラチラと盗み見しているのが判った。

『ピンポーン』

 もう一度インターホンがなると、私は洗い物を止めて濡れた手をタオルで拭き、ドアの方へ向かった。

『ピンポーン』

 3度目にしてようやくドアチェーンを外すと、私は覗き穴からみえる顔を見てすごく驚いた。
 ドアの向こうにいる人。それは、伊織くんのマネージャーさん、高原さんだったからだ。

 私はその顔を見て、急いでドアを開けると、その勢いに驚いた高原さんの顔を凝視していた。

「・・・・高原、さん?」
「・・・どうも、いつもお世話になってます。あの、伊織はこちらに?」

 高原さんというのは、伊織(IOR)くんのマネージャーさんで、業界でも敏腕マネージャーとして名が知れているらしい。
 それを教えてくれたのは伊織くん自身。
 雰囲気的には寡黙っていうわけではなくて、気さく・・・な人だし、結構ものごとをよく知っていて、私と伊織くんとの関係も快く受け入れてくれた。もちろん、伊織君の会社の社長さんやら重役やら全部ひっくるめて・・・。

 ――――何故かは大体推測できるけど。

 話は戻るけど、この高原さんは25歳の4歳の子持ち。若いよね。私の年で子供が生まれたんだから。
 背は、伊織くんよりちょっと高く見える。伊織くん確か、176cmって言ってたから。
 血液型はたぶん私と同じA型かな。なんとなく、仕事にきちってしてるから。

 ・・・って、こんなに分析してたら、伊織くんの後ろからの視線を感じるんだけど。

「え、はい。居ますけど・・・・」
「やっぱり。」

 2、3こと言葉を交わすと、高原さんは飽きれたように溜め息をついて、「失礼します」と短く言うと、ずかずかと私の部屋へと入っていった。
 狭い廊下をずんずん進んでいく高原さんの背中を私が黙って見送っていると、急に置くのダイニングから伊織くんの声と、高原さんの声が聞こえてきた。・・・と言うか、響いてきた。

「おい、いつまで拗ねてんだよ。散々、社長と話し合っただろう!?」
「嫌なもんは嫌なの!なんで、勝手に決められるんだよ!!」
「お前なぁ、これから先もそれで居られると思うなよ?」

 伊織くんVS高原さんの言い争いの原因。それは、・・・伊織くんのTV出演の決定だった。だけど、それを伊織くんが断固として拒否しつづけているため、まだまだ予定を組み立てる事は出来ない段階だけれども、事務所の決定で伊織くんは従わなければならない状況に追い詰められた。

 そう、今日のオフは伊織くんの一方的ボイコットなのだ。

「ねぇ、今まで聞きたかったんだけど、なんで伊織くんはTV出たくないの?」

 さり気ない私の疑問をぶつけたと思う。
 それを聞いた伊織くんと高原さんは、私の顔を見てなんだか驚いたようにしていた。

「あれ・・・私、なんか変な事でも聞いちゃったのかな?」
「え、あ、ううん。変じゃないけど・・・・」
「?」
「伊織がTVを出たくない理由なんて、スゴイ単純ですよ。」
「単純?・・・と言うと?」

 私が、高原さんに向かって言うと、伊織くんはなんだか分が悪そうに、しかめ面をしては高原さんを睨みつけていた。
 それを知っているにも関わらず、高原さんは伊織くんの視線を尻目に、私に向き直って答えを言った。

「答えはですね、『美羽さんとのデートが外で満足に出来ないし、二人でいる時間が確実に減る。』が、伊織の今の答えです。」
「今?」
「えぇ、前は『TVに出なくても仕事は出来る事を証明してやる。』」
「なかなかの自信家ですねぇ。」
「いいえ、自意識過剰です。」
「・・・・」

 すっぱりと言って見せる高原さんの横では、何やら伊織くんが顔を引きつらせて苦笑を浮べていた。
 そして、今まで座っていたソファーから立ち上がったと思うと、綺麗な顔に笑顔を浮べてそれを高原さんに向けた。

「高原さん、それ以上言うと俺、なにも仕事しないよ?」
「そ、そんな事言われても、俺は・・・ど、動揺なんてしないぞっ!!」
「え、でもさ今月大事な『結婚記念日』じゃ無かったけ?あ、丁度いいんだ!!『結婚記念日』に仕事が入らなくて。」
「う゛・・・」

 息を詰まらせた高原さんは、伊織くんを睨むとそれを好機と見て伊織くんはさらに言って見せた。

「じゃ、俺も美羽さんとデートしたいし、ぶっちゃけ先月休み無かったから、この機会に休み頂戴。」
「「え!?」」

 思わぬ伊織くんの襲撃が私も巻き込まれる事態になると誰が予想したことだろう。
 私はこのまま彼にどっぷり浸かってしまう。

 それは判りきっているからこそ、思わぬ報復だったのかも。





update : 2007.02.14
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