あいつは時々遠くの空を見つめては、時に眩しそうに、時に悲しい目をする。
「なぜそんな悲しそうな目をするんだ?」と俺が聞くと、大事な子の大事な父親を自分が殺してしまった、とポツリ呟いた。
自分が人質にとられて、殺されそうになったのを、その人に守られて・・・と。
目の前で人が死んでいく時間。
俺はきっとこいつの痛みを増やすんだろう。
そして、同じ痛みを、紫苑にもさせてしまうんだろう。
「愛してる」の言葉は、どんなに重く、紫苑に響くだろう?
どうかこの二人が傷の舐めあいをするのではなく、
心から愛し合える日が来ますように。
紫苑のお父さん、俺と一緒にこの二人の助けを手伝ってください。
そして俺たちが苦労した分、この二人にも、来世で苦労させましょう。
二人に愛されて育つのも悪くないかもしれません。
だって愛し合う運命だったのでしょう?
******
バスを降りて、祖母の家へと向かう途中、風が俺の横を吹きぬけた。
「優希君」
名を呼ぶ声は聞きたかった声なのか、それとも幻かは定かではなかったけど――――。
「芹沢・・・・」
「実家のほうに訪ねていったんだけど、優希君居ないって言われて・・・」
俺の目の前に、望んだ女神が舞い降りた。
芹沢は逃げた俺を追いかけて、遥か土地ドイツまで来ていた。
しかも“俺”の故郷に。
俺はその事実に声を震わせて、彼女に問いかけた。
「どうしてここに・・・」
「おばさんに聞いたの。」
「違う、そういうことじゃなくて・・・・」
どうして、逃げた俺のところに、どうしてドイツまで来たのか。
俺は彼女に問いたくても、言葉に出すことができないくらいに、
彼女の姿に驚いたし、信じられなかった。
「記憶を取り戻しに。私がどれだけ優希君を傷つけたのか、私があなたの何を忘れているのか。」
「何もないよ。」
「うそ!!」
俺の言葉に、彼女は俺のところへ駆け寄ってきて、服の腕のところを少し引くと、
俺に目線を向けてきて、じっと俺の瞳を見つめた。
「本当だよ。」
「だってカイはっ!!」
「・・・・カイ?」
俺のたった一人の、永遠に俺と語らうことのない親友の名前を彼女から聞いて、
俺は彼女のほうを見つめた。
「カイは、・・・カイが、手紙であなたの過去には私の父に関わることがあるって。」
「・・・っ!!」
彼女の口から出てきた言葉が俺の心を締め付ける。
俺が彼女に隠してきたことは無駄だったのか?
紫苑につき続けてきた嘘が、もろく崩れ始めていた。
「お兄ちゃんも、優希君がドイツへ行ったことを知ってから、やっと私にかけた記憶の一部を話してくれたし。」
どうして、と紫苑は言葉を続け、目に大粒の涙を浮かべながら訴えてきた。
俺はその顔をまっすぐ見ることは出来なかった。
まっすぐすぎる視線を俺は今は上手く受け取ることができなかった。
俺は息を吸って芹沢の前を通り過ぎようとすると、俺の背中に向かって、叫んだ。
「父はあなたに殺されたんじゃない。あなたの為だけに死んだんじゃない!!」
最後の訴えのように言う彼女の声を置き去りに、俺は後ろ手でソフィアさんの家のドアを閉ざした。
『父はあなたに殺されたんじゃない。あなたの為だけに死んだんじゃない!!』
芹沢の訴えが、芹沢の声が木霊して頭から離れない。
確かにそうなのかも知れない。
けれど、俺は認めたくなかった。
「もう、放っといてくれよ・・・」
近づいてこないでくれ。
背中をドアにくっ付けながら、ズルズルと座り込むと、目の前にはいつの間にかソフィアさんが立っていた。
『優希。』
「ソフィアさん・・・」
「あの子・・・ううん。あなたは、自分を許すべきよ。』
『自分を許す・・・?』
勇気が浮かべた自嘲気味の笑みを見て、ソフィアは何が何でもそう思わざるを得なくなった。
『そう。あなたはもう、過去に囚われずに自分の道を歩んでもいいのよ。
いいえ、最初からそうだったのよ。』
「・・・・」
『優希、自分を許しなさい。』
『―――・・・もう、長いこと、自分を許すことをしなかったから、正直言ってどうすればいいのか
分からないんだ。だから、シオンをまっすぐ見ることができない。』
「ユーキ・・・。」
『わからないんだ。』
そう言ってへたり込んだ優希の姿を見、ソフィアはそっとその場から離れた。
向かった先は、まだドアの向こうに居るであろう、紫苑の元へと足は運ばれた。