ニュートンの法則 04
「『恋』ですな」
「うへ・・・何夢見たこと言ってんの?」
ズバリ、と言った皐月の言葉に、
あたしは飲んでいた紅茶を吐き出しそうになった。
4.「好き」になってもいいですか?
翌日の昼休み、あたしは皐月に机をつき合わせて昼食を取っていた。
夏実と理奈は今日は、部活の呼び出しで行っているためだ。
んで、今話しているのはあたしの昨日の出来事。
この皐月様はことごとく、あたしの行動を分析してくれちゃったよ・・・。
『昨日、リョーと何を話したのかな?』って、背景は南極大陸。そしてそこで微笑んでいる皐月様。
あたしは言い逃れもする事が出来ずに、ペロリと申し上げました。んで、言われたのが、冒頭の一言と言うこと。
「大体さ、華月は恋愛不信過ぎだよ」
「・・・・でもさ、」
「言いたいことは、分かるよ。華月の生い立ちを聞いてみれば、あんたがそうやって『恋愛なんか・・・』ってなるのも分かるの。でもね、あたしが変わったと思うでしょ?」
皐月は確かに変わった。 今の彼氏さんと付き合い始めてから。何だか落ち着いたの。あたしと皐月の出会いは高校に入る前に通っていた塾からだから、中学時代の生活がどうだったかなんて言うのは知らない。
でも、塾以外の休日の勉強とは一緒にやったことがある。
そのときの皐月は一人でいることが怖いと言うくらい、周りから一線を引いていたと思う。きっと、学校でもそうだったんだと思う。
「皐月が変われたのは・・・航(こう)さんのお陰?」
「・・・・かな。一緒いて落ち着くし、ドキドキするし、傍にいないと寂しい」
「寂しいなんて、感じたこともないなぁ」
「それはあんたの生い立ちが特殊だからだよ」
あたしの生い立ち。
両親は結婚する前からお互いに思った人がいた。
何かのすれ違いから、思い人は思い人同士くっ付いてしまい、絶望した両親は互いを慰めあうように、身体を重ねてしまった。
それが間違いの発端。
彼らのミスであたしは命を宿し、この世に生まれ、愛の薄い家庭であたしは育てられた。 愛も知らないあたしが、当然のこと誰かに気を持つなんてことはありえない。でも、一度だけみんながかっこいいと褒める男の子に告白をした。
『付き合ってください』って。その子が出した答えは『他に好きな子がいるから、ゴメン。』って言葉だった。
あたしはね、そのとき自分の知らない感情を教えられたの。そして聞いてみたの。『好きって何?』って。そしてたら、その男の子は、困った顔をした。 だから、あたしは訳も分からずその子に謝って、その場を去った。
あたしの中にはない『好き』って感情。
『恋』というのも『憧れ』と同じだと思っていた。あの人すごいんだなって褒めるだけで、恋だと思っていた。だから、恋に恋する時期も憧れに憧れることに憧れていたの。
あたしには感情の『忘れ物』がある。
「信じられない。恋なんて」
「じゃぁ、諒に会って嬉しいと思う気持ちは何だろうね・・・?」
「・・・・」
あたしは皐月の問いかけに答えることが出来なくて、黙り込んだ。
「解らないなら、土曜日2人で遊びに行ってきなよ」
「でも、」
とあたしが言い淀んでいると、皐月は早速携帯を開いて、メールを打ち始めた。
内容はよくわからないけど、たぶん諒君宛。
あたしは窓ガラスの向こうの空を眺めて、溜め息をついた。
その日の夜、ベッドの上で雑誌を見ているとメールの着信音がなった。
諒君からだった。
--Date:2008.xx.xx 22:34
--from:高見 諒
--件名:土曜日
-----------------------
夜遅くにゴメン。
サーから聞いた。
土曜日のプラン、俺が
考えても良い?
-----------------------
内容はたぶん、お昼のことだろう。
あたしは、すぐに携帯の返信ボタンを押して、『起きてるから、大丈夫。土曜日の件、お任せします』と送った。 メールの送信画面に移り、あたしはそれが完了するまで、じっと見守っていた。
メールが来ることも嬉しく感じる。 あたしのことを考えてくれてるのが嬉しいと思う。
どうしてそういう風に思えるのかが、今の自分は不思議で堪らない。
けれど、その日以降約束の前日まで、諒君からのメールが来ることは無かった。
連絡が一向に来ないと感じ始めたのは、それから3日後の木曜日。
皐月の「航の方が忙しくて、連絡取れないのよね・・・」といった一言からだった。
あたしはその瞬間、急に違和感を覚えて、自分の携帯を見つめた。
あの日以前は、一日も欠かさずメールを最低2回はしていたのに。 パタリと来なくなってしまったメールを、あたしは気にはじめていた。
1時間置きに携帯の『新着メール問い合わせ』を選択して、決定ボタンを押す。
けれど、何回やっても『新着メールはありません』の文字。
それを見るたびに1回溜め息をつき、周りの明るい雰囲気とはかけ離れた暗い雰囲気になる。
その繰り返し。
何でこんなに諒君からのメールを気にしているのかさえ、あたしには解らない。
ただ、構って貰えないことが嫌だとも感じる。
・・・・調子の良い女とも、自分で感じてしまう。
そんな自分に嫌気を挿していた。
放課後、久しぶりに皐月たちと一緒に帰る話になって、駅前までやって来た。路上のクレープ屋で、お気に入りのメニューを注文して頬張ると満たされた気分になって、無意識に反対側の斜線に目を向けた。
そして、特に何もしてないのに、求めていた姿はいとも簡単に見つけてしまえた。
ただ違ったのは、諒君が女の子と一緒に歩いているところ。
・・・・ああ、またか。
また、裏切られた気分。
あたしがクレープにかぶり付いたまま動かずにいた所を、いつの間にか皐月が隣に来て、あたしに声をかけていた。 先にクレープを食べていた皐月が、あたしの不審な行動に目を留めて、動かない視線の先を追った。
「・・・・諒?」
ある意味、皐月に諒君の名前を呼んで欲しくなかった。
だって、皐月は諒君と付き合いが長いし、目が良いから、あの対向車線側を歩いているのを諒君だって決定付けることでしょう?
あたしの気持ちが、楽しい気分から急に暗く冷めたようになっていくのが解る気がした。
あたしはクレープもそこそこに食べて、ゴミ箱に捨てると、「ごめん・・・」と呟いて、その場を走り出していた。
「華月っ!?」
後ろで皐月の呼ぶ声が聞こえたけど、振りかえれなかった。
だって、見たくなかった。
諒君が、他の女の子に笑いかけるところ。 あたし以外の女の子が、諒君の隣にいるところ。
だからメールせずにいたの?
だから、あの喫茶店の日から会わないようにしたの?
だったら、「また会いたいから」なんて、笑顔で「可愛いなと思って」なんて、言わないでよ。
今まで誰も見せなかった、温かい眼差しなんて向けないでよ。
心は悲しみを増していく。
ボロボロに壊れそうになっていく。
この感覚は、あの時と似ている。 両親には、あたしに対しての愛が無いのだと悟った日。
だいぶん走って、息が切れて、路地裏で走るのをやめると、手のひらに雫が落ちたのが解った。
涙だった。
「ど、して・・・」
泣いてるんだろう?思ってることの続きは口からは出てこなくて、空を見上げると、憎いくらいに青い空だ。
はぁ、と息を吐いて気持ちを落ち着かせようと目を閉じるとまた1つ、涙が零れる。
溢れるものは止められそうにも無かった。
ただ、
「華月っ!!」
って、諒君があたしの名前を呼ぶ声を遠くで聞いた気がした。
―――『≪恋≫ですな。』
ずっと前に言われた皐月の言葉が、脳裏に浮かぶ。
うん、何かそんな気がする。
この虚無感は『好き』って言葉が言えずに、『恋』が終わってしまった、空っぽの心と似ている気がする。
「好き・・・・」
その言葉を発したとき、忘れかけていたものがカポって嵌った感じがする。
「華月っ」
「!」
名前を今度ははっきりと近くで呼ばれて、すぐに誰かがあたしの腕を引っ張って、勢いのあまりにバランスを崩した。
バランスを崩して倒れこんだ先には、手触りの良いたぶん布?にぶつかって、衝撃を避けるために目を瞑った。
けれど、衝撃はそんなに無くて、あたしは恐る恐る目を開けると、どこかで見た制服らしき柄が見えた。
「りょ・・・高見、君」
「・・・・華月」
わざとらしく、苗字の方で呼んだあたしに諒君は眉をひそめて見つめてきた。
「何か、用だった?」
あたしは出来るだけ笑顔を作って、諒君に尋ねた。
「……。 何で、泣いてるの?」
諒君はあたしの腕を掴んでいる手の力を少し強めて、尋ねた。
「それは、……高見君には関係ないよ、」
あたしがつくり笑顔で、さり気なく腕を振り払おうとすると諒君はまた、力を強めた。
「じゃぁ、質問かえる。何で名前呼ばないの?」
「・・・」
あたしは、質問から逃れようと必死になって腕を振り払おうとした。
けど、思うより諒君の方が力強くて、全然振りほどけなかった。
「何で泣いてんの?」
「だからっ、関係ないって、」
「関係あるっ!」
更にもがいたあたしを、必死に離さないように、両腕の中に閉じ込めた。
「ちょっ・・・、」
「華月が好きだ! だから隠すなよ!」
「嘘っ!」
「嘘じゃない!」
「離してっ!」
半ば叫ぶように、力を込めて突き放すと、あたしはぜーはーと息を切らして、諒君を睨み付けた。
「嘘言わないで。じゃぁ、何で違う子と一緒にいれるの? 何で、違う子と笑えるの? 何でほっとくの? 好きなら、・・・・好きなら、繋いで置かないとすぐに・・・ひっく」
あたしは言葉を最後まで言うことができずに、嗚咽を漏らした。
「・・・・華月、俺の事好き?」
「ひっく・・・・。ひっく、好き。 諒君が」
ちゃんと言えているかどうかさえ分からない声で、肯定の言葉をやっと言える。
「・・・ひっく、・・・・諒君の所為、だもん。何で連絡くれないの? 何で、ひっく、あたしと違う子と歩いてるの? ・・・・好きって知らないもん。不安なんだもん。もう、『好きじゃない』って言われたら、あたし、もう、何、信じたら良いかわかんないんだも・・・・んっ」
あたしは涙ながらにして諒君に訴えると、諒君はあたしの腕を引いて強引にキスをした。
そのあとには、ゆっくりと啄ばむようなキスをして、息も続かなくなった頃、唇を離して見詰め合った。
「……やっと、手に入れた」
諒君は嬉しそうにあたしにそういうと、抱きしめてあたしの肩に頭を預けた。
「・・・・え?」
「さっき、一緒に歩いてたのね、妹なんだ」
「妹・・・」
あたしが呟くと、彼は頭を上げてあたしの顔を覗きこんでくると、あたしの好きな笑顔を向けて、「土曜日、華月に何あげるか、見繕って貰ってた」と言った。
あとで聞いてみれば、あたしと諒君との出会いは、中学生のときにあたしが皐月の家に遊びに行った日だったそうだ。
あたしは記憶に無いけれど、彼はあたしに一目ぼれで、その後色々と皐月から情報を得ていたんだって。
それから皐月は、あたしが恋愛不信な事を心配してて、でも諒君なら任せられると言うことであの合コンを決行したらしい。
相手側の男の子たちは隠していたけど、理奈と夏実の彼氏だったんだって。
「実はカルテットデートだったのね」なんて、皐月が暴露するもんだから、あたしはそのあとに十分に怒りを爆発させました・・・・。
つまり、皐月の彼氏に内緒で合コンって話も、皐月のつくり話だったんだって。どこまで手が込んでるのやら・・・。
「俺は、華月を大事にするから、信じてくれる?」
この諒君の優しい口調も、柔らかい笑顔も、全てあたしだけ。
「あたし、相当嫉妬深いよ?」
「大歓迎だよ。呆れられないように、華月ばかり見てるから大丈夫」
――だてに長い片思いはしてないんだ。
すぐに返ってくる返事と、甘い蜜に、
恋するリンゴは、甘く、甘く熟して
いつでもおおらかな大地に私は堕ちていく。
FIN...
update : 2008.01.31
reupdate: 2010.09.11
加筆修正済 連載期間 2008.01.25〜
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