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君のもとへ
 よそ見をしながら歩いて来た彼女に、俺は随分前から気付いてた。
 よけようと思えば、よけれたんだ。
 だけど、わざとぶつかった。
 俺が考えてたより女の子は軽くて、尻餅をついた彼女は、驚いて俺を見上げた。
 その大きな目に吸い込まれそうな誘惑を感じながら、だけど俺の口からは「どこ見て歩いてんだよ、ばぁかっ」て言葉が飛び出していた。

「大丈夫?」と言うつもりだったのに。

 俺と南波まどかの出会いは、多分それぞれにとって、サイアクだった。

 教室のベランダから外を見ていたら、隣から声が聞こえた。
「バレンタインかー」
「日曜でよかったよな。貰うアテねーもん」
「お前と一緒にすんじゃねーよ」
 ちらり、と目を向けると、情報処理室の掃除担当らしい2年生が、ベランダでサボリながらしゃべってる。
「誰かチョコくれねーかなぁっ」
「義理じゃなくて、本命だったら、なんでもいいー」
「俺、声かけてみようかなぁ……1年の南波さん」
 突然彼女の名前が会話に出てきて、俺はどき、とした。
「あーあの大人しそうな」
「クラス委員とかやってる子だろ。兄貴が普通科のトップとかいう」
「あの子、かわいくね?」
「ああ、かわいい。今年の1年て、けっこうレベル高いもんな」
 一気に会話に熱が入ったみたいだった。そりゃまどかはかわいいけど……他の男がそんな風にまどかの噂をしてるのは、腹が立つ。
「頼んだらさー、付き合ってくれそう」
「こっちから『チョコちょうだい』ってのも、情けないけどなぁ」
「それにかこつけてコクるってのは、いい手だとは思うぜ」
 何が「いい手」だよ。
 まどかは俺のだっつーの。
 面白くない。視線を下に向けると、体育館の掃除当番だったまどかが、五十川さんと一緒に戻ってくるところだった。
「まどかぁっっっ」
 俺は、わざと声を上げた。隣から驚いたような視線が突き刺さるけど、構わず続ける。
「いつまで待たせんだよ。早く帰ろうぜ」
「分かってるわよー、もうっ」
 まどかはちょっとふくれて俺に返すと、五十川さんと2,3言交わして、校舎に向かって走ってきた。
 俺はもたれていた手すりからゆっくり体を起こして、ぎり、と鋭い視線をあっけにとられてる2年生たちに向けると、教室に戻った。

「まどか、バレンタインのチョコ、忘れんなよ」
 俺が言うと、まどかは大きく頷いた。
「土曜日にね、穂香ちゃんとチョコ作るの。だから期待してて」
「って、お前、チョコとか作れるのかっ?」
「だいじょぶ、穂香ちゃんが一緒だから」
 ……そこを強調するか……。
 まぁ確かに、まどかの家庭科には期待してない。言ったら怒るから言わないけど。五十川さんが一緒なら、とりあえず大丈夫だろう。
「じゃあ土曜は会えないかー。日曜、楽しみにしてるからな」
「郁巳くんは、ほんとに甘いモノが好きだね」
 まどかはくすくす笑った。
 別に俺は、甘い物が好きだからチョコの念押ししたわけじゃないぞ。
 何だっていいんだよ、ほんとは。バレンタインにまどかがくれるものなら、さ。

 学校はつまらない。
 授業に出なくてもそこそ成績は取れるし、何より、オンナがうっとうしい。
 子供の頃、女の子に間違われた容姿が、今はオンナにうるさく騒がれる原因になっている。
 8歳と5歳違う姉貴達におもちゃにされた過去のせいで、俺は基本女嫌いだったから、見てくれだけでわーきゃー言うオンナなんか興味なかった。
 男も、ちょっと顔がいいからとか訳わかんね理由でインネン付けてくるし、教師はケンカが強いだけで不良扱い。いっとくけど俺は、自分からケンカ売ったことなんかねーっての。
 とにかく、学校は俺にとってうっとうしい奴らばかり。
 それでも学校に来るのは、他にすることがないからだった。

「上滝くんっ」
 屋上で寝ころんでいた俺は、入り口が開くと同時に聞こえた声に、顔をしかめてみせた。
「んだよクラス委員」
「んだよ、じゃなーいっ!捜しに来たんでしょっ」
「教師の言うことなんか、放っておけばいいのに」
「放っておけないわよっ」
 それはクラス委員としての責任感なのかもしれないけど、南波まどかが俺を捜しにきてくれるというのが、俺にはちょっとした幸せでもあったりして。
 だから、他のやつが捜してる時には絶対見つからないようにしてる。彼女が捜してる時は、わざと見つかって、一応大人しく、教室に帰ることにしてるんだ。
 そのうち教師も学習して、俺の捜索を彼女に任せるようになったから、俺のもくろみは見事に当たったと言える。
「まったく……そんだけ勉強が出来るなら、授業なんかつまんないかもしれないけどさっ」
 ぶつぶつと、授業中の教室に気を遣った小さな声で文句を言いながら、彼女は俺の後をついてくる。
「巻き込まれるあたしの身にもなってよねっ」
「だから、放っておいていいって言ってんじゃん」
「そうもいかないわよ」
「あ、クラス委員も俺にかこつけて、サボりたいとか?だったらこれから一緒にサボろうぜ」
「……一生言ってなさい」
 そんな口げんかみたいな会話も、俺には幸せなひとときだった。

 図書館司書の西園さんにサボリが見つかって、「どうせなら図書館でさぼれば」と誘われた。
「こっちの方が、ばれにくい」
 って。この人は得体が知れない人だけど、提供してくれた隠れ家を、黙って利用させて貰ってる。
 得体が知れないと言えば、図書館の主でもある、彼女の兄・南波さとい先輩だ。
 俺が一日図書館でさぼってても何も言わないし、昼休みや放課後は一緒にコーヒーを楽しんでる。司書室なら弁当を食べてもいい、と勝手に決めて俺に付き合ってくれてるところも、不思議だ。
 二人と関わってるうちに、俺は自分がなんで毎日学校に来てるのか?って謎を解くことが出来た。
 つまんねーとか、授業でなくても勉強分かるし、とか言いながら毎日学校に来てるのは、結局、寂しいからなんだ。
 なんだかんだ言って、俺たちの世代は学校が世界の殆どを占めてるわけだから、そこにいなかったら、本当のひとりぼっちになってしまう。それがイヤで、学校という枠の中に収まってるんだな。
 だけど、俺は人との関わりが煩わしい。というか、関わり方が分からない。(西園さんと先輩は別として)
 それに、勉強するという意義を見いだせてないから、学校で大半を占める授業にも興味がない。
 で、自然とさぼって、クラスからはずれてしまったんだ。
「コレのために学校にくる、ってことを作るといいかもしれない」
 そんな話をしたら、南波先輩が穏やかに言った。
「そうすれば、学校がつまらないって事もないし、そのうち学校と仲良くなるかもしれない」
「学生の領分は勉学、なんて面白くないことは言わないけど、所詮学生の頃は学校が世界の殆どだろ。そこがつまらないよりは、楽しい方が、人生としても面白いと思うぜ」
 二人の言葉を、俺は真剣に受け止めた。多分そんな風に、俺と真正面から向き合って言葉を選んでくれた人は、今まで居なかったんだ。だから俺は、人と関わることを煩わしいって思ってたんだな。
「友達でもオンナでもいいから、学校に来る楽しみ、見つけろ」
 その時俺の頭に浮かんだのは、南波まどかの顔だった。
 入学式の時、心臓をわしづかみにされた、彼女のことを、思ってた。
 つまんねーとか文句言いながら俺が学校に来てるのは、彼女に会うためなんだ。
 彼女と俺の接点が、ここしかないから。
 幼稚園児の恋愛みたいな、気の引き方だけど……俺は、彼女ともっと一緒にいたい。
 彼女の笑顔を見たい。
 もっと沢山の彼女を知りたい。
 そのために、サボった俺を、彼女が捜しに来てくれるのを楽しみにしてたりするんだって、気づいたんだ。

 まどかと付き合うようになって、俺は少しだけ生活を改めた。
 授業も出るようになったし、必要な時はクラスメイトと関わるようにしてる。っても、相変わらず、周りからは恐がられてるみたいだけど。
 俺が生活態度を改めたのは、自分のためと言うよりまどかのためだ。
 俺みたいな「不良」と付き合って、とまどかが思われるのもイヤだし、いくら勉強の心配がないとはいえ、フラフラしてる生活じゃ、まどかに迷惑がかかるかもしれないから。
 人を好きになって、その人にあわせて生活を変える事を「自分がない」とか言う人が居るけど、俺はそれは違うと思う。
 誰だって、好きな人と釣り合う自分でいたいもんだろ。
 俺は、まどかと一緒にいて、誰にも文句言われないような男に、なりたいんだ。
 それだけのこと。

 待ち合わせ場所に近づくと、所在なさげに立ってるまどかの姿が見えた。
 まだ待ち合わせの時間には少し早いけど、どのくらい先に来てたんだろう?俺は足を速めた。
「まどかっ」
 俺の声に、こっちを向いた彼女が、ぱっと笑顔になった。
 あ、やっぱりその笑顔が好きだなぁ。
 そう思いながら駆け寄って、俺は思わず、彼女を腕の中に閉じこめた。
「ちょっ……郁巳くんっ?」
 公衆の面前でっ……と思い切り俺の身体を押しのける。そんな、嫌がらなくても。
「何考えてるのよっ」
「まどか可愛いから、つい」
「……全然理由になってないしっ」
 真っ赤になって睨み付ける。それがまた可愛くて、もっと抱きしめたい……ってか、キスしたいくらいだったんだけど、本当に怒ると大変だから、我慢した。

 あとで二人きりになったら、いくらでも出来るしな。





****「あとがき」という名の「お礼」****
 鹿室お姉さん(←チャット大会から姉妹に昇格)からバレンタインミニシアター「君のもとへ」を強奪してきましたぁw
 えーっと、実は実は鹿室さんから戴いた、相互記念の続編〜vvv(ver.郁巳を読みたいなぁって、アピールしてたんですよねぇ。)ずっと読みたかったので、超嬉しいっす、鹿室お姉さん!!!
 あ、前の作品を読みたい方は「その気にさせて」をご覧下さいw
 ではでは、鹿室さんステキなお話ありがとうございました。(○┓ペコペコ
update : 2007.02.05
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