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『君は知らない』     From: GLACIAL HEAVEN 鹿室明樹姉さんより


 ……君は知らない。
 君は、どんどん綺麗になる。

 その時俺は、決意したんだ。

「バイト?」
 まどかの大きな目に、俺は頷いた。
「いつ?」
「毎日。俺結構必修あるから、夕方から……11時くらいまで」
「……そっか」
 まどかが目を伏せたのは、11時じゃ門限に引っ掛かって、会う時間がないからだ。
 高校の卒業式の後、まどかの家に挨拶に行った。その時、ハタチまでは門限11時厳守、て言われたんだ。最初10時だったけど、先輩が掛け合って11時にしてくれて。
 だから先輩のためにも、門限を破るわけには、行かない。
「じゃあ、土日だけ?会えるの」
「あ〜と……最初のうち、土曜はバイト入ってくれって言われた……」
 また目をしかめる。
「……なんで、いきなりバイト」
「ちょっと、欲しいもんあって」
 まどかは黙って、ストローを噛んでた。

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 大学が違うから、会う時間は限られてる。
 ちょっと遠くの大学に行った郁巳くんは、それでもちゃんと時間を作って、め一杯一緒にいてくれた。
 下宿するほどじゃないけど、下宿したほうがきっと便利って距離。バイトを始めて、会えなくなるからって、文句言うだけバチがあたる。
 でも、高校みたいに、学校に行けば会えてたことが、すごいことなんだって、改めて思った。

 バイト先はパチンコや。
 パチンコって、学生は出入りしちゃダメなのよね?バイトはいいの?郁巳くんは、もう二十歳だけど……。
「郁巳なりに考えたんだよ」
 お兄ちゃんはそう言った。
「コンビニとかファストフードとか、接客は、あいつの場合無駄に騒がれる。パチンコやの店員って、ルックスとか気にされないんじゃないかって、さ」
「……そっか」
「バイト先、制服にキャップがついてるから、顔隠せるしな」
 参考書を本棚から探し出して、お兄ちゃんが渡してくれる。ありがと……てかっ。
「なんでお兄ちゃんが、そんな詳しいのよ」
「一緒にバイト先探したから」
「お兄ちゃんもパチンコやでバイトするのっ?」
「まさか」
 お兄ちゃんは顔をしかめた。
「これ以上バイトしたら、勉強がおろそかになる」
 そうよね……週4回もかてきょーのバイトしてんだもん。

 久しぶりに、穂香ちゃんと食事した。
 穂香ちゃんは同じ大学だけど、学部が違うからやっぱりなかなか会えないの。
「上滝くん、バイトめいっぱいいれたんだね」
「うん……結構講義大変なのに、大丈夫かな」
 郁巳くんの大学は、1、2年次で必修を全部取っておかないと、3年次に上がれない。資格を取るための資格必修もある郁巳くんは、ほぼ毎日1講目から5講目まで講義が詰まってるの。
 それなのにバイトって……。
「身体、無理しないといいなぁ」
 あたしが呟くと、穂香ちゃんも頷いた。
「郁巳くん、自分で決めたことだと、絶対弱音吐かないから」
「まどかちゃんも、だけどね」
 くすくす笑われて、ちょっと赤くなる。
「でも、それが二人のいいところだと思うよ」
「……ありがと」
 穂香ちゃんは笑いながら、「いいコ、いいコ」してくれた。

 日曜は、郁巳くんと会える。
 毎日メールしてるけど、やっぱり直接会えるって嬉しい。
 でも、大学とバイトで大変なのも分かってるから、無理しないでほしい、って気持ちも、あるにはあって。
 その日は、いつもなら絶対そんなこと言わない郁巳くんが、「さすがに疲れたまってきた」って言うから、会わなかった。
 こういう時、部活とかサークルに入ってると、気晴らしできるんだろうねぇ。あたしも、大学で資格をとろうと思って、そのための必修が最後の5、6講目だったり、ワーキングがあるからサークルに入ってないんだけど。
 ……郁巳くんがいないと、あたしの時間って、こんなに空虚なのね。
 こんな風にべったりで、大丈夫かしら。
「ただいま」
 お兄ちゃんが帰って来た。
「おかえり」
「まどか、家にいたのか」
「……いましたよ」
 拗ねてあたしに、お兄ちゃんは苦笑いして、横に座った。
 ふわ、とお兄ちゃんじゃない香りがして、あたしは目を眇める。この匂い……。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「郁巳くんに会ったの?」
 お兄ちゃんがあたしを見た。
 お兄ちゃんから微かに匂ったのは、タバコの匂い。それも、郁巳くんと同じヤツ。
 本当にたまに、だけど、郁巳くんはタバコ吸うんだ。
 あたしのまっすぐな視線に、お兄ちゃんはため息をついた。
「ちょっと、用事で」
「……なんでお兄ちゃんが会うの〜〜〜〜」
 あたしが我慢してるのに、お兄ちゃんがっ。
 てか郁巳くんも、疲れたって言ったのに、お兄ちゃんに会うなんて〜〜!
 むぅ、と膨れたのは、なんだか泣いてしまいそうだったから。
 それを知ってるだろうお兄ちゃんは、困った顔であたしを見ていた。

 夕方少しだけ出掛けて、帰って来た。
 バイトはいいけど、本来の目的が達成できない、って、ツライな。まぁ、仕方ないけどさ。
 ベッドに寝転んで、さっき一緒だった先輩の言葉を、思い出す。
「郁巳、まどかと連絡取ってるか?」
 先輩に言われて、きょとんとした。メールは毎日、欠かさないようにしてるけど……。
「メールじゃなくてさ。声が聞けるほうが、安心するんじゃないか、と思うんだ」
「声?」
「電話。俺も経験あるけど、声聞くだけでさ、気持ちが落ち着くことがあるんだよ」
 電話……電話あまりしないなぁ。
 俺は感情が声にすぐ出るから、顔が見えない電話は、まどかが心配したり気を使うんじゃないかって。でも確かに、俺だってまどかの声、全然聞いてない……。
『今、時間ある?』
 メールをすると、すぐに返事が来た。
『大丈夫だよ』
『じゃあ、電話する』
 メールを送信してから30秒待って。……久々に長いって感じた30秒。
 電話すると、ワンコールするかしないかで、まどかが出た。
『っもしもし?』
「っおう」
 戸惑いながら、でも照れ臭くて、そんな返事をしてしまった。
『どうしたの?電話なんて』
「いや……まどかの声聞きたいな、って」
 前は毎日聞いてたのに。
 その声が俺の名前を呼ぶのが、当たり前だったのに。
『……なんかね、全然慣れない』
「なにが?」
『郁巳くんに会わないの。メールだけでも大丈夫かなって思ったけど、やっぱりダメっぽい』
「……そうだな」
 こんだけ一緒にいて、俺達の間には、何か理由のない「大丈夫」が出来てておかしくない、と思うんだ。
 だけど、実際そんなものはなくて。
 まどかのことが好きで、誰にも負けない、って自信はあっても、まどかと離れてるのが嫌なんだ。
 不安、というんじゃない。ただ純粋に寂しい。
「俺も、まどかに会えないと寂しい」
『郁巳くん』
「よく我慢してるなぁ、って、自分でも思うし」
 まどかのこと抱きしめて、キスして、門限なんか気にしないで一緒にいられたら。
『……お兄ちゃんに会ってないで、あたしに会いに来てよ』
「……なんでバレた?」
『タバコ』
「……さすがまどか」
『もうっ……郁巳くんのバカ』
 あ……泣かせた。俺のバカ。
 まどか泣かせたら、元も子もないないじゃん。
 まどかの涙を携帯ごしに感じながら、俺は何度も謝った。

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 朝から落ち着かない。
 今日は講義は昼からなのに、朝早く起きてるし。
 クローゼットに篭もって、昨日選んだ服もう一度確認してるし。
 初めてのデートじゃないんだから、と自分でツッコミ入れてしまう。お兄ちゃんが突っ込んでくれないから。
 だってだって、今日はあたしの誕生日で。
 やっと郁巳くんがバイトから解放される日なんだもん。
 講義が終わって、制服をバイト先に返して履歴書返して貰ってからだから、夜になっちゃうけど。
 でも、久々に平日会うんだもん。
「門限はなしなんだよね?」
 あたしが確認すると、お父さんはちょっと顔をしかめた。
「二十歳になった途端に、外泊する気か?」
「……そんなこと言ってないじゃない」
「今まで我慢したんだから、それくらい大目に見てやったら?」
「お兄ちゃんっ」
 くすくす笑ったお兄ちゃんの言葉を真に受けたのかどうか、お父さんは曖昧に頷いたけど。
 いちお、今日は遅くなっても、帰ってくるつもりだからね?

 待ち合わせ場所で待ってると、郁巳くんは走ってきてくれた。
「悪い、待たせた」
「大丈夫」
 郁巳くんは笑顔で、あたしの頬をぎゅ、と両手で挟んだ。
「すげ、おめかしな、まどか。めっちゃかわいい」
「そ、そかな?」
「うん、抱きしめたい」
 って、人前で本当に抱きしめないでーーーーーっ。

 ちょっとおいしいレストランで食事。誕生日だって、ちゃんと郁巳くんが伝えてあったらしく、食後に小さなバースディケーキまでついた。
「おいしー」
「そりゃよかった」
 郁巳くんは笑顔だけど、目の前のケーキに手を付けないで、あたしを見てる。どうしたんだろう……郁巳くんがケーキ食べないなんて。
「郁巳くん、おなかでも痛いの?ケーキ食べないなんて」
「は?お前、それしか考えつかないのかよ」
 ちょっと目をしかめたけど、だって、郁巳くんがケーキに手を付けないなんて、絶対おかしいもん。
「まどか」
「なぁに?」
 郁巳くんは少し沈黙した後、机の上に小さな箱を置いた。
「やる」
 あたしはさすがに、フォークを置いた。
 おそるおそる手を延ばして、きちんとリボンがかけられてる箱を手にする。この大きさって……この形って。
 指輪。
 中から出てきたのは、小さなファッションリングだった。あたしの誕生石が、小さく光ってる。
「これは。約束とかいう、ちゃんとしたもんじゃないんだ」
 なんだか難しい顔で、郁巳くんは言った。
「誕生日プレゼント、って簡単に片付けるもんでもなくてさ。俺の独占欲の現れ、ってやつ」
「独占欲?」
「まどかは俺のものって、いつでも周りに分かるように。ありきたりだけど、世界中にまどかが好きだ、って宣言しても、聞いてないやつとか無視するやつがいるからさ」
 ずっと腕の中に閉じこめておく訳にはいかないだろ、って。
 郁巳くんは照れくさそうに笑った。
「……バイトって、もしかしてこれのため?」
「そ。短期で確実なのがいいと思ってさ。条件に合うのが、あれしかなかったんだ」
「そう、なんだ……」
「な。ちゃんとはまるか?」
 心配そうに身を乗り出すから、あたしは慌てて指輪をはめてみた。
 ……ぴったり、だ。
「よかった〜〜〜。先輩にサイズ確認して貰ったけど、心配だったんだよなぁ」
 お兄ちゃん……?あ!
「この前お兄ちゃんと会ったのって」
「そー。まどかのサイズ訊いて、甘えついでに五十川さんにまどかの好きな店まで連れてってもらった」
 ぺろ、と舌を出した郁巳くんとは反対に、あたしは泣き出してしまいそうだった。

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 俺の中がまどかで溢れるほどに。
 まどかを閉じこめておくのは難しい、と思い知らされる。

 あれは、まどかを大学に迎えに行った時のことだった。
 正門前で待ってた俺の耳に、まどかの名前が飛び込んで来た。
「語学クラスのヤツがさ。コクってあっさり断られたんだって」
 声のしたほうを見ると、数人の男がしゃべりながら歩いてきてた。
「あ〜、彼女有名じゃん。入学以来ことごとく、って」
「彼氏いるんだろ?高校から付き合ってる」
「らしいなぁ」
「どんな男か知らないけど、いつまでもつかねぇ」
「一緒の大学じゃない、って、でかいハンデだよな」
「諦めてないヤツ多いし、そのうち南波さんもほだされるんじゃねぇ?」
 ほだされるわけねぇだろ。
 まどかをなんだと思ってんだ、あいつら。あんな風にまどかを見てる奴らになんか、絶対流されたりするもんか。
 腹立ちまぎれにタバコに火を付けて、だけど、気になることがあった。
 離れてる時間が長い。
 気持ちは離れないけど、俺の知らないまどかの時間、俺の知らない男が見てる時間があることが、嫌で。
 俺の存在を周りにわからせることが出来たら、って。
 決意としては遅いくらいだけど、指輪を買おう、って決めたんだ。

 まどかは指輪が光る指を眺めて、泣きそうな笑顔を見せた。
 テーブルを越えて抱きしめたら、そのまま泣き出してしまったから、もっともっと強く、抱きしめたんだ。

 永遠とか、未来の約束なんか、出来ない。
 分からない。
 だけど、今俺がまどかを好きだ、って気持ちは、紛れも無い真実なんだ。
 時が流れて、俺達の形が変わっても。

 なぁ、まどか。
 俺は多分、今以上に君を好きになる。
 今以上に君を俺の腕の中に閉じ込めようって。
 君が思うよりずっと、俺は君に溺れてるんだ。

Copyright(C) 2008 akeki kamuro all rights reserved.

update : 2008.01.30
write : 2008.01.27
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