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『*Secret Lover*』 -秘密-



 溜息一つつくだけで、幸せはどれだけ逃げるんだろう??
 ため息に交る白い息は、あの人の訪れを共に待ってくれる。

 今日はただあの人に出会って1年目。

 本当に本当に短く感じた時間。

 目を閉じればすぐに思い出せるあの人の温もり、そしてごつごつとした手。

 この胸に溢れ出すのは「大好き」ってい気持ち。


 この1年を思い出せば、いろんな事があった。
 彼と出会った。
 約束をせずとも一緒にどこかへ出かけた。
 淋しい思いをした。
 嬉しい気持ちになった。

 たくさんの物をあの人はあたしにくれた。

 目を開けるとあの人が目の前にいた。
 優しく微笑んであたしを覗き込んでた。

「びっくりしたぁー。ずっと目閉じてるから、寝てるのかと思った。」

 できれば、この先もずっとこの人の瞳に映っていたいと思う。





 あたしと彼との出会いは彼があたしの会社を訪問した時に遡る。





 あたしはその日、あるプロジェクトを抱えてて企画書のコピーをこん盛と抱えて会議室へ向かっていた。

 彼は営業部から来た自称、有能営業マン。

 あたしが携わったプロジェクトの関係者として、会議に参加することになっていたらしい。

 あたしはただただ会議室への道のりを焦ってて、書類を抱えてよたよたと歩いていたところ、出会い頭に彼と衝突して派手に書類をぶちまけた。

 あたしは驚きと、ぶちまけた書類の多さと、余裕のなさに顔面蒼白。

(サイテー!!!!)

 あたしの不注意を悲観していた隙に彼はせっせと書類を拾ってくれたらしく、あたしの顔の目の前に拾ってくれた書類を見せて「大丈夫?」と声をかけた。

「え、はい。申し訳ありません。」

 あたしが急に立ち上がってお辞儀をすると目に入ったのは、くっきりと足片のついた書類。

「げっ!!!!」

 なんて、可愛げもない声をお辞儀しながら出すものだから、顔をあげた瞬間の彼の顔は何ともおかしかったけど、あたしの心の中はその時は笑うどころじゃなかった。

「あ、ごめん。気づかなくて拾う時に思わず踏んでしまって・・・。」
「い、いいえ。いいです・・・・。あたしの責任ですから・・・・。」

 注意散漫だって課長に後で怒鳴られるのが目に見えて、しょんぼりしてしまう。
 彼はあたしを気遣ってか、「ええっと・・・。」と声を出して何か考えているみたいだ。

 しかし、それどころじゃないあたしは、ただ呆然としてしまう。
 仕方ないから、この足片書類はあたしのものとするしかない。

 そう思った時、

「あの、できればこの踏んでしまった書類、俺の席に置いてもらってもいいですか?」
「は?」
「せっかくの書類を踏んでしまったのはすごく申し訳ないんですが、何せ自分の足型だから、
汚れてても気にしないんで。」

 そう言った彼は、足型書類を一部取り上げて、あたしの横を通り過ぎた。

「え、え、あのっ!!」

 あたしが声をかけるも、彼は書類をひらひらとして歩いて行ってしまった。



 こんな単純なあたしたちの出会い。



 その時のプレゼンは彼が見ている手前であたふたしながらも、もちろん成功して、企画製品化を進めていけた。

 それからというものの、よく彼とは会議で顔を合わせるようになった。

 営業部社員と言っていたけど、時に彼はプレゼンに対しての意見とアイディアを出して、しかもその通りに事が運び、爆裂的な売り上げをたたき出した。

 本来なら会議と言えば役員が参加するものじゃないのかしら、とあたしはずっと思っていた。

 でも、あたしはずっと彼の名前も聞かなかったし、詳しく部署を聞いたこともない。

 会議のはじめの紹介で「営業部担当の者」としか言ってなかったし、うちの企画部の部長も「有能営業マンなんだよ」としか言ってなかった。

 あたしが観察するに、彼は相当上からの信頼を得ている人物と心得る。


 そんなある日、会議が一通り集結し解散したころ、あたしは一人会議室に残って後かたずけをしていた。

 本当は総務の子に任せれば、後かたずけ何かをしてくれるって聞いたことあるけど、あたしは一度たりともその手を借りたことはない。

 だって彼らには彼らなりの忙しい仕事を抱えているから。

 そうやって、かたずけに集中している時、ドアの方から何か視線を感じた。

 あたしがふとそちらの方に視線を向けるとそこには彼がいた。

「何かお忘れものでもされましたか?」

 あたしが彼に尋ねると、彼は「いや」と顔を横に振ってドアに凭れかかった。

 あたしは何だ?って思ったけど特に気にしなかった。
 だから、突然彼に腕を掴まれた時は本当にびっくりした。

「あのさ、今日残業ある?」
「え?私、ですか?」
「そう。君。」
「えっと、・・・今日の会議の報告書をまとめて、それから・・・・それから・・・・」
「じゃぁ聞くけど、仕事は何時に終わる予定?」

 曖昧に答えるあたしの代わりに、彼はあたしの予定を聞いてきた。

 あたしには何で彼にこんな質問をされるのか全く分からなかった。

「たぶん、7時には終わると思います。」

「7時。分かった。それじゃ、7時頃君の部署を尋ねに行くから覚えておいて。」


 ・・・・・・その時は何か気に障ることをしてしまったんじゃないかって思った。

 その日の夜、彼は本当に7時きっかりにあたしのオフィスを尋ねてきた。

 幸い、その時間はあたし以外みんな仕事を上がってしまっていて、彼との関係を尋ねられる必要もなかった。


 聞かれても困るもの。

 ただ会議で顔を合わせるくらいの関係なんだから。


 それから、あたしが荷物をまとめ終わると彼はつかつかと歩き出した。

 あたしの会社は基本私服業務だから、露出さえ少なければ何でもいい。
 ただあたしの場合は会議とかがあるとスーツスタイルになるから、部署内でもあたしがスーツ姿の場合は、会議があるって言うことが一目瞭然だ。

 颯爽と前を歩く彼を後ろから少し駆け足で追いかけるあたし。

 今日はどっちかって言うといつもよりパンプスのヒールが高いからゆっくり歩いてほしいのだけれど、それはきっと彼には伝わらないだろう。

 ちょっとした繁華街に出ると仕事帰りのサラリーマンとOLがわんさかと団体で 街路を歩いている。

 おかげで彼とあたしの間に出来ていた少しの距離がだんだんとその幅を広げていく。

 平均身長より高いと思われる彼の身長は、この街路ではよく目立つから目標にしやすい。でも、

「歩くの早いなぁー・・・・。」

 あたしが目標の彼を見失うと、一旦足を止めてガードレールに腰かけて痛くなりかけていたふくらはぎをほぐした。

 もうちょっと気にかけて歩いてくれると嬉しかったかも。

 そう思っていた矢先、ぐいっと腕を引っ張られて立ち上がらされた。

 驚いたあたしは目をまん丸にしてその手の主を見上げた。


「あ、」
「ごめん、歩くの早すぎたみたいだ。気づかなくて悪い。」

 申し訳なさそうにあたしに言った彼は、「大丈夫??」と聞いて顔を覗き込んできた。

「えっと、大丈夫・・・・です。」
「そう??目的の場所すぐそこなんだ。」

 そう言って連れてこられたのは、落ち着いた雰囲気の和食屋さんだった。


 んで、あたしは最初から最後まで疑問に思ってる訳よ。

 どうして顔しか知らないこの人とご飯を一緒にしてるのかしらって。

 顔に出やすいのか、彼は最初から笑っていた。

「突然ごめん。どうしても君と一度食事してみたいなって思って。」
「はぁ。」

 あたしはおしぼりで手を拭きながら、彼を見た。

 よくよく見てみれば結構いい線を行く顔立ちとスタイルをしていると思った。

 でも、彼の真意がよくわからないからあたしは彼に何も聞かなかったし、彼も何も聞かなかった。



 そう何も。だから、連絡先を聞くことも無かったって訳。



 それ以来、あたしが参加する企画会議が少なくなっていって、彼と会議で顔を合わせることが少なくなった。


 でも何かが変わったと言えば、彼が2週間に1回あるかないかの頻度で終業時にあたしのオフィスを訪れるようになったこと。

 決まってあたしの残業の日。

 この人何がしたいんだろうって思ったけど、あたしの心は思いのほか彼と出かけるのを愉快ととらえて、しかも彼を好きになっていると思う。

 それに気がついた瞬間、あたしは彼のすべてが欲しくなったけど、何せいまだに名前も分らない人。
今さら聞くのもどうかと思う。

 だって彼がなにもあたしに聞いてこないのは、あたしはただの暇つぶしの人物だろうし、興味がないからだって思うから。

 正直彼が食事に誘ってくれるのは嬉しいけれど反面、期待しちゃいけないっていう淋しい気持ちに駆られる。


 そうこうしてる間に1年が経とうとしている。


 今日はいつもと違って、残業終了間際に彼はあたしを外で待つように言ってきた。

 そして冒頭に戻るのだけど相変わらず、この人と一緒にいる時間は楽しいとあたしは思う。


 でも、未だにあたしはこの人が営業部で何をしてるのかを知らないし、名前も知らない。


 こんな変な関係がこのまま続くとは到底思えなかった。


 名前を聞けばいいのに、聞けないあたし。
 あたしこんなに憶病だったのかしら?
 我ながら情けないと思った。


 あたしは寒空の下、この人の隣を歩きながら空を見上げた。

 今ではすっかり彼もあたしのスピードに合わせて歩くことに慣れたようだ。

 ただ今日はそう、いつもと違う。
 頻繁に会う関係ではないにしろ、不自然さを感じる。

 そう、今日はなんだか表情が硬い。


 その硬さはどこから来ているんだろうとあたしは考えるけど、あたしは積極的に会話をするような人
じゃない。


 だから、友達といる時も話を聞いている時間の方が長い。
 むしろそっちの方が楽。
 彼はどっちかって言うと積極的に話しかけてくる方。
 だから、今2人が沈黙に落ちている訳は彼が話をしてこないから。


 まるで、初めて食事に行った時のような感覚だった。


 ふうっと、気づかれないようにため息をつく。

 白い息がもわりと広がる。
 それに気づいて、彼はあたしを見る。

「寒い??」

 今ではもう、砕けた喋り方をする彼。

「いえ、全然。」

 一方あたしの方はぜんぜん敬語が抜けきらない。
 だって、何歳か知らないから。


「あ、着いた。」


 そう言って彼は、お店のドアを開いて「お先にどうぞ。」とあたしを店内へと施す。

 しかも、誰もがときめくような笑顔付き。

 あたしはそっと店内へ足を踏み入れるとそこはあったかい感じのする、洋食店のようだった。
 いつも思うんだけど、あたしと食事をしに来るときは必ずと言っていいほど、歩いてお店を訪れる。


 しかも、チェーン店ではなく個人経営の飲食店。
 どこから見つけてくるのだろう・・・。営業だから知ってるのかな??
 さり気に推理するあたり、あたしは何て馬鹿なんだろうと思う。


 よくよく考えてみれば、彼女と来てもおかしくはない場所なのに。


 期待して気がついて、落ち込んで後悔する。
 一瞬のうちにして起こったあたしの気持ちの浮遊感。

 窓際に案内されて席に着くと、彼は何やらそわそわしていた。

 逆にその行動を見て、とうとう彼女ができましたって報告されるんだと思ったから。

 沈んでく。ズーンって。


 でも、料理が来ると彼はそわそわしなくなって、むしろゆっくりと食事を楽しんでたみたい。
 美味しそうに食べる彼の姿を見て、あたしはただ嬉しかった。

 もうこれからはこの姿を見ることはないんだって思ったから、この目に焼き付けたかったのかも知れない。


 食事が終って支払いを終えて帰路に立とうとした時、突然あたしの腕を彼が掴んだ。

 あたしはビックリして彼を見上げると、そこには眉間に皺を寄せた彼。

「何か、怒ってる??」
「え??」

 訳が分からず彼を更に見つめると、更にその皺を細かく刻んだ。

「怒ってるから何も言わないし、顔も見なかったんだろ??俺なんかした??」

 掴まれた腕に視線を落とす。あたしが下を向けば力が込められる彼の手。

「いいえ、何も。何も怒っていません。むしろ、あなたの方が何かあるんじゃないですか?」

 そう言ってあたしが見つめ返すと彼はゆっくりあたしの腕を解放した。

「あの、さ、今日近くに車を止めてるんだ。もしよかったら、送って行ってもいいかな・・・?」

 尋ねる彼にあたしはいろいろ疑問に思ったけど、頷いて彼の後を付いていくことにした。


 だって、おかしいでしょ。


 この近くに車を置いているのならどうして会社まで車で来ないのかしらって。
 それから彼はあたしに家の場所を尋ね、尋ねられたとおりにあたしは返答する。


 どうせ今日で終わりなんだから、家が知られても関係ない。


 でも、彼はあっさりとあたしの家まで帰らなかった。


「え??あの、曲がらないといけない道通り過ぎたんですけど・・・。」

 そう、さりげなく言うと彼は「知ってる。」とだけ言った。あたしは黙って彼の運転に身を任せるだけだ。

 それから15分くらい車に乗ってやって来たのは海浜公園。
 平日の夜だけあってか、辺りに人はいない。あたしたち2人だけ。

 あたしは静かに空を見上げる。ここまでビルの明かりがないと星がきれいに見える。
 少しだけ、目を閉じてみる。冬の冷たい空気が頬を滑る。

 目を開ければまた目の前に彼がいた。

「君は、いつも誰を見てる??」
「え??」

 ぶっちゃけ唐突過ぎて質問の意味がわからない。

「誰っていうと・・・・」

 あなたです、なんて言うことはできない。今日であたしたちはお別れだから。
 あたしが質問の答えを躊躇していると彼はしびれを切らしてか、両腕を掴んで一歩あたしを引き寄せた。


 ゆっくり彼の腕があたしの背中に回される。

 思ってもなかった行動。ダイレクトに香る彼の匂い。

 あたしは体を強張らせて、彼の胸に付けた顔をあげる。


「あの、」
「この1年ずっと思ってた。いい加減、俺を見てくれないかな??俺を知ってくれないかな??」
「・・・・・え??だって、」
「すーんごい耐えたんだ。ぶっちゃけ今も耐えてる。」
「ちょ、・・・え??」


 彼が喋るたびにどんどんあたしの体を抱きしめる力が強くなる。


「俺は、芙美(ふみ)が好きなんだ。」


 ・・・・・・・痺れた。

 出会って1年目初めて彼に名前を呼ばれた。と言うか、何で知ってるの??
 あたしが困惑顔でいると、彼は笑みを浮かべてこっちを見た。

「どうしてって顔してるな。知ってるぜ??名前も誕生日も年もな。」

 笑顔で言う彼は、優しくあたしの髪を撫でる。愛しむように優しく。

「後知らないのは、芙美の気持ちと携帯アドレスかな。」

 2度目のあたしを呼ぶ声。


 もうノックダウン。



 あたしは彼の首に腕をまわして触れるだけのキスをする。
 みるみるうちに紅くなる顔。

 「本当は営業部じゃないけど、営業っぽい仕事はしてるんだ。」

彼があたしに告げたのは一般人のあたしからしたらとんでもないお役職。

 一之瀬 秋成、27歳。有名グループ会社の代表取締役兼最高執行責任者。


 到底放してくれそうも無いこの腕の中、あたしが彼の顔を見上げると、彼は照れたように言った。


「そんな顔されると、抑えが利かなくなるから。」


 どんな顔をしてるのかあたしは全然わからなかったけど、とりあえず分ったのは、秋成さんがあたしを好きだってことくらい。



-FIN??-



update : 2009.12.03





Copyright (c) 華蓮 All rights reserved.



-あとがき-
19万HIT辺りの切り番に掲載していたものを、少し修正を入れて短編に仕上げました。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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会社法の規定で私の誤解がありましたので、秋成さんの肩書を改めました。すいません。^^;